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息をするように本を読む30  〜菅野雪虫「天山の巫女ソニン」〜

 今更だが、私は本を読むのが好きだ。
 我が家の娘2人もまあ、読書好きだと言っていいと思う。
 
 娘たちに本を読むことを特に薦めたつもりはなかったけど、考えてみれば、小さい頃から2人とも、私が本を読んでいる姿をずっと見てきたし、家のあちこちに本は置いてあるし、しょっちゅう何だかんだと本の話をするし、影響を受けるのは当たり前だったのかもしれない。
 
 2人が学校の図書室で自分で選んだ本を借りてくるようになると、私のではない2人の本のセレクトが面白く、よく読ませてもらった。

 私は基本的に大人向けとか子ども向けとかにはこだわりはない。基準は好きかどうか、だけだ。
 うーん、これは私向きじゃないな、というのもあったけど、おー、これは面白い、というのもたくさんあった。

 次女が小3になったばかりのとき、学校で昼休みに読んでいる本の話をしてくれたことがあった。

 すごく面白いのだそうだ。

 その本はクラスの学級文庫に置いてある本なのだが、どうやら、当時、次女のクラスの担任をされていたY先生の蔵書だということだった。クラスの誰でもが休み時間に読めるように置いてくださっていたらしい。
 Y先生は若くてとてもきれいな女性の先生だった。

 本のタイトルは「天山の巫女ソニン」という。

 ある架空の世界。イメージはアジア。
 ひとつの半島に、それぞれに気候風土も国民性も国の体制も違う3つの国があった。

 半島の中央には天山という霊山がそびえ、人々の信仰を集めている。
 その山には、里から選ばれてきた少女たちが親元から離れて「夢見の巫女」としての修業をしながら生活している。
 無事、修業を終えた巫女たちは故郷はもちろん、下界には一切降りることは許されず、一生をここ天山で人々の願いに応え、夢見(占いのようなもの?)をして過ごすのだ。
 
 主人公の少女はソニン。
 彼女も巫女になるように選ばれ、生まれてすぐに天山にやってきたが、彼女の能力にはむらがあって、その力の制御が彼女には無理だと判断されて、修業の途中で役を解かれて故郷、沙維(さい)の国へ帰ってくる。

 帰郷したソニンは、成り損ないの巫女、という劣等感と引け目を抱いたまま、それでも温かく迎えてくれた両親と一緒にささやかにつつましく暮らすことを決心するのだが、ひょんなことから、沙維の王宮で末っ子王子イウォル殿下の侍女として勤めることになる。

 次女の話はここまでだった。
 えっ、続きは?
 まだ読んでないから、ね。

 えー。そうか。残念。

 やがて、もう少しで1学期も終わるというある日、帰宅した次女が「お土産があるよー」と言いながらランドセルから出してきたのは「天山の巫女 ソニン」の1巻と2巻だった。
 Y先生が、夏休みの間に読んだらいいよ、と貸してくれたのだという。

 1学期終わりの個別懇談でY先生にお礼を言って、私も読んでいいですかと尋ねたら、笑って、どうぞ、と言っていただいた。

 夏休みの間、次女が読み終わるのを待ちかねて、1巻2巻と私も読ませてもらった。

 女子向け児童書にありがちな、きらきらしたロマンスは皆無。胸キュンもののシンデレラストーリーもない。
 しかし、いや、だからこそとても面白かった。
 
 登場人物が、ほとんど皆、個性が強い。
 まず、ソニンが仕えることになった沙維の国のイウォル王子。
 身体が弱く内省的で、生まれつき口がきけない(耳は聞こえる)王子は、武勇に優れ優秀な兄王子たちと自分を常に比較し、鬱屈を抱えている。
 そんな自分に気を遣ってくれる周囲に気兼ねして、自分の思いを表に出せないでいる王子だが、ソニンは巫女の力なのか、手を触れることで王子の心が分かるので、王子はソニンにだけは我儘をさらけ出す。

 沙維の国と半島の残り2つの国は、表面上は友好的な関係を保っているが、水面下にはさまざまな問題が蓄積していて、ちょっとでも歯車が狂うと何が起こるかわからない。
 
 その2つの国内部にもそれぞれに複雑な事情がある。
 片や南の海沿いの国の見栄えもよくて陽気でカリスマ的人気を持つ、しかし内心では人間不信で孤独な王子。
 もう一方は北の険しい山岳国の男勝りで美しく優雅な、しかし実は冷酷で計算高い傲慢な王女。
 その2人が何の目的があるのか、ソニンとイウォル王子に接近してくる。

 ソニン自身にも問題がある。
 幼い頃から天山で巫女の修行をしてきたため、自我というものがないのだ。
 自分はこうしたい、こうなりたい、これが欲しい、という物がない。
 そう言うと無欲で優しい性格のようだが、逆にそう願う他人の気持ちがわからない。将来こうしたいという目標も持てない。

 ソニンはそんな自分をどうすればいいのか分からず悩む一方で、いつのまにか、ドロドロした国家間の思惑、勢力争いに巻きまれていくのだ。

 もしかしたらもうお察しかもしれないが、この「天山の巫女 ソニン」は、到底2巻では終わらなかった。

 2学期が始まり、次女がY先生に本をお返ししたとき、先生は「もう少ししたら3巻が出るから冬休みに貸してあげるね」と言われた。

 もちろん厚かましくも貸していただいた。

 その後、年度が替わって次女は4年生になり、Y先生は別の学年の担任になった。

 それからさらにI年が過ぎ、5年生になってしばらくしたある日、次女が学校から茶封筒に入った分厚い包みを持って帰ってきた。
「Y先生から、ってM先生(次女の5年生時の担任)が渡してくれたよ」
 茶封筒の中身は「天山の巫女 ソニン」の4巻と5巻だった。

 もう申し訳ないやらありがたいやらで、早速、親子で競うように読ませていただき、読了後、お礼の手紙を添えて次女からY先生に返してもらった。
 何かお礼をした方がいいかなとも思ったが、それも何か違う気がするし、かえってご迷惑かもと思って考え直した。

 「天山の巫女 ソニン」はこの5巻で完結した。

 物語の中でソニンが成長するのと同じように次女も少しだけ成長した。

 もう10年以上も昔の話である。
 少し前、書店で「天山の巫女 ソニン」全5巻が、文庫で並んでいるのを見て思い出した。
 Y先生に貸していただいたのは全て単行本だった。
 次女によると「天山の巫女 ソニン」はその後、番外編が2冊出ているそうだ。
 Y先生はきっと読まれているだろう。

 番外編2冊を含め、「天山の巫女 ソニン」全7巻の文庫を購入するかどうか、現在、次女と協議中だ。

 
 本を読むことは私には特別のことではない。生活の一部であり、呼吸することと同じことだ。


 次女と共に、懐かしい思い出に浸った。
 Y先生に深く感謝する。

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