マガジンのカバー画像

物語

75
運営しているクリエイター

記事一覧

あの色が欲しい物語

あの色が欲しい物語

『赤絵画』

東京の夜は深く、暗闇に覆われていた。
若き画家タケシは、アトリエの片隅で絵筆を握りしめながら、最愛の彼女アヤを見つめていた。彼女は病に倒れ、次第に力を失っていた。最期の瞬間、アヤは微笑みながら、タケシの手を握り締めた。
「もう苦しまなくていいよ」と、彼女の声はかすかだった。その夜、アヤは自らの手首を切り、その命を絶った。

タケシはその悲劇に打ちのめされ、彼女の死を受け入れることがで

もっとみる
アキラとアンチの物語

アキラとアンチの物語

『悪の謝罪』

アキラはSNSで人気のあるインフルエンサーだった。
彼の投稿はいつも多くの「いいね」とコメントで溢れていたが、その中には必ずと言っていいほど批判的なコメントも混じっていた。
その中でも特に目立つのが、「影」というアカウントからのコメントだった。

「またくだらない投稿だな。こんなの誰が見るんだ?」

アキラは最初、そのコメントを無視しようとした。しかし、影のコメントは続き、次第に彼

もっとみる
言葉を料理する店物語

言葉を料理する店物語

『ヴォカブラリー』

厨房の中で、ミナミは丁寧に「愛している」という言葉を醤油に漬け込んでいた。
彼の手は慣れた動きで、言葉を優しく撫でながら、その言葉が持つ深い感情を引き出そうとしている。
そして鍋にその「愛している」をそっと入れる。
煮込むこと3時間。
じっくり、じっくり、鍋の中で言葉が熟成し、その意味が深まるのを感じ取っていた。

ついに、熟成された「愛している」が完成した。

ミナミは漬け

もっとみる
3× 最終話

3× 最終話

喜助を捕らえた吉川は興味深い名前を出した。
「赤沼という人物を知っているね?」
喜助は驚いた。「なぜその名前を?」

「私は赤沼を追っていた。あいつも君と同じ猟奇的な殺人者だ。しかし、ある時期から急に殺人が止まった。その時期とは、15年前の篠塚夫婦十字架殺人だ。その夫婦には息子がいた。それがあなたですね。喜助さん」

警察がまさか赤沼のことをそこまで知っていたとは気づかなった。喜助は疑問に思う。何

もっとみる
3× 第十二話

3× 第十二話

夜の倉庫は静まり返っていた。
ただ一つ、外灯がぼんやりと光を放っている。その光の中で、喜助はコーヒーを片手に設計図を眺めていた。

コーヒーをすする度にゆいの思い出が蘇る。

施設で一人で遊んでいるゆい。しかしその姿は寂しいとか悲しいとか、そんな雰囲気はない。ただ一人で熱中している。それが本来の彼女の姿だ。
それを大人が無理矢理、人の輪に入れようとする。
人の輪に入った方が寂しいそうだ。

そんな

もっとみる
3× 第十一話

3× 第十一話

朝の光がマンションの外観を照らし、静かな住宅街にパトカーが停まっている。

喜助はリビングのソファに座り、窓から差し込む朝日を背にしていた。
吉川は彼の前に立ち、静かに話し始めた。
「ご主人は、朝帰ってきて寝室で死んでいる奥さんを発見したと」
吉川の声は穏やかだったが、その目は何かを探るように鋭い。
喜助はうなずいたが、その手はわずかに震えていた。

「いつも朝帰りするのですか?」
吉川の問いかけ

もっとみる
3× 第十話

3× 第十話

あの事件の夜、家でゆいはうつむいて座っている。
その前にはマキが仁王立ちで顔を赤くしていた。

そんな状況で喜助が帰ってきた。
「ちょっとあなた、どこに行ってたの?ずっと電話してたんですけど?」とマキは喜助にもチクリと言った。

「あーちょっとな。何かあったのか?」と喜助が言う。
「ゆいよ」マキは視線を鋭くゆいに向けた。

「ゆいがどうした?」
「男の子に暴力」
「暴力?」喜助は疑問に思った。

もっとみる
3× 第九話

3× 第九話

朝の光が校舎の窓ガラスに反射してキラキラと輝いている。
中学校の生徒たちの賑やかな声が校庭に響き渡り、新しい一日の始まりを告げている。遠くの運動場では、体育の授業が始まる準備で、ボールが跳ねる音が聞こえてくる。

2年3組の教室では、朝のざわめきでいっぱいだ。生徒たちは入ってきては、友達と話したり、笑ったりしている。

しかしゆいは違った。彼女はいつものように窓際の席に座り、外を見ている。
誰も彼

もっとみる
3× 第八話

3× 第八話

暗闇に包まれた倉庫は、古びた木造の壁と錆びた鉄の屋根で覆われていた。月の光が僅かに差し込む中、赤沼整備のトラックが静かに到着した。

赤沼は倉庫に足を踏み入れ、壁に取り付けられた古いレバーに手を伸ばした。彼がレバーを引くと、蛍光灯が一斉にチカチカと点灯し始め、やがて倉庫全体が明るい光で満たされた。
「入っておいで」

ゆっくり喜助が入って来た。警戒心と恐怖心が混ざりながら。
ただ別に拘束されている

もっとみる
3× 第七話

3× 第七話

赤沼はコップの水を勇助に頭からかけた。
目を覚ました勇助は、自分も十字架に縛られていることを瞬時に判断した。

「あなた」同じく十字架に縛れている好美が声をかけた。
「修理屋?何のマネだ?」威勢よく勇助は言う。

「さきほど、奥さんに説明したんで、省略させてもらっていいですか?」
赤沼はそういったが、面倒くさいけど仕方ないという表情で説明する。
「まあ、簡単に言いますと、DVの夫に罰を与えるという

もっとみる
3× 第六話

3× 第六話

赤沼はインターフォンを押した。
しばらくして、喜助の母、好美がドアを開けた。
「赤沼整備と申します」と、赤沼は自己紹介した。
「あ、どうぞ」好美の声は、夫の不機嫌さを予感させるような低さだった。

リビングには喜助と父の勇助が座っていた。
勇助の手には、昼間から空になった酒瓶が握られている。
壁は古びた黄色で、家具は使い古された感じがあり、部屋の隅には未修理のテレビが置かれていた。

「こちらです

もっとみる
3× 第五話

3× 第五話

まだまだ15年前の話です。
31歳の刑事吉川が登場です。
赤沼が若者を殺害したリビングから始まります。

夜の帳が下りた静かな住宅街を背に、吉川は犯罪現場のリビングに立っていた。
彼の目は冷静に、部屋の中央に横たわる若者の死体を観察している。死体の周りには、鑑識が証拠を探すために忙しく動き回っていた。

「これは、どうやって死んだんですかね?」
吉川の声は落ち着いていたが、その目には犯人を追う決意

もっとみる
3× 第四話

3× 第四話

夜の静けさを破るように、パトカーがマンションの前に停まっていた。赤色灯が暗闇に光を投げかけ、不穏な空気が漂っている。

村田家のリビングには、若い刑事と鑑識が捜査を進める現場と化していた。彼らの間を縫うように、吉川が入ってくる。
46歳にしては若々しいその男は、現場の異様な雰囲気にも動じない様子だった。

「あ、吉川さん」と刑事が声をかける。

「何これ?」吉川は部屋の中央に置かれたガラスボックス

もっとみる
3× 第三話

3× 第三話

夜の更衣室は、店が閉まった後の静けさに包まれていた。
篠塚喜助は、他のスタッフと一緒に着替えを終え、帰宅の支度をしていた。彼は料理長に向かって一礼し、「料理長、お疲れさまでした」と声をかけた。料理長も疲れた様子で「はい、お疲れさん」と返した。
喜助は何かを料理長に手渡し、そのまま店を後にした。

料理長が手に取ったのは、辞表だった。

「ちょっと、篠塚君」と料理長が呼び止める声が、喜助の背中に届く

もっとみる