3× 第五話
まだまだ15年前の話です。
31歳の刑事吉川が登場です。
赤沼が若者を殺害したリビングから始まります。
夜の帳が下りた静かな住宅街を背に、吉川は犯罪現場のリビングに立っていた。
彼の目は冷静に、部屋の中央に横たわる若者の死体を観察している。死体の周りには、鑑識が証拠を探すために忙しく動き回っていた。
「これは、どうやって死んだんですかね?」
吉川の声は落ち着いていたが、その目には犯人を追う決意が宿っていた。
佐々木は、そんな吉川の隣で、死体の悲惨な状態に心を痛めていた。
「おい、吉川。お前、よくこんな死体平気で見れるな。」
吉川は佐々木に向けて、淡々と答えた。
「何言ってるんですか?佐々木さん。じっくり見ないと、犯人の手掛かり掴めませんよ。」
佐々木はため息をつきながら、吉川の正義感に感心するしかなかった。
「さすがにこんな酷い死体、まじまじ見れんわ。」
その時、佐々木の目が隣の部屋にある何かに引かれた。
彼はそっと吉川に声をかけた。
「おい、吉川これ」彼の指差す先には、覚せい剤と注射器が落ちていた。
吉川はその場所に近づき、証拠を手に取った。
「覚せい剤?」彼の声には、新たな疑問が生まれていた。
佐々木は肩を落としながら言った。「犯人は薬中を殺したってことか」
吉川は黙って考え込んでいたが、ふと彼の目が床に落ちているスイッチに留まった。
彼はそれを拾い上げ、何となくポケットにしまった。
佐々木が尋ねる。「吉川、どうかしたか?」
吉川は静かに首を振った。「いえ、別に」
吉川は、現場検証から離れ、ファミレスに足を運んでいた。
あんな惨劇を見た後というのに、ステーキにかぶりついていた。先程こっそり持ってきたスイッチをおかずに。
吉川の手が止まった。
スイッチの裏の板が取れそうだった。
ボールペンを取り出し、隙間に差し込んで板を外した。紙が入っていることに気付いた彼は、それを広げた。
手書きで「警察には任せられん」と書かれていた。
その時、携帯電話が鳴った。吉川は出る。
「佐々木さん、どうしたんですか?」彼は心配そうに尋ねた。
佐々木の声は震えていた。「今家にいる。殺される。助けてくれ」
電話が切れると、吉川は慌てて店を出た。
佐々木の命が危険にさらされていることを知っていた。
彼はスイッチのメモを手に、佐々木のマンションへと向かった。
夜の静けさを切り裂くように、佐々木のマンションの前にタクシーが滑り込んだ。吉川は急ぎ足でエントランスを抜け、エレベーターを待つ間も焦りを隠せない。彼の心臓は、佐々木からの電話の内容を思い出すたびに、不規則に鼓動を打つ。
「今家にいる。殺される。助けてくれ」
その言葉が、吉川の脳裏に焼き付いていた。エレベーターのドアが開くと、彼は銃を握りしめながら、佐々木の部屋へと向かった。ドアがわずかに開いているのを見つけ、彼は慎重に中へと踏み入れた。
リビングには、ギロチンの刃が仕掛けられた佐々木の姿があった。
彼は固定され、立たされており、口はガムテープで封じられていた。
吉川は周囲に犯人の気配はないと判断し、銃をしまい、佐々木に近づいた。
「佐々木さん、大丈夫ですか?」
佐々木の目は恐怖に満ち、うなされるように「うーうーうー」と声を漏らした。吉川は彼を解放しようとしたが、その瞬間、足元の糸に気づかずに切ってしまった。
するとギロチンの刃が真っすぐ佐々木の頭上に落ちてきた。
佐々木は真っ二つに切断された。
勢いよくキレイにスパンと切れたため、しばらく佐々木は佐々木を保っていた。
それから数秒して、止まっていた時が動き出すように、佐々木の片面が地面に崩れ落ちた。
それからまた数秒してもう片方の佐々木が後を追うように崩れ落ちた。
目の前でその光景を見た吉川は、流石にショックで座り込んだ。
救急隊員が駆けつけたが、なぜか現場に相ふさわしくない監察官も現れた。吉川は不思議に思った。
すると監察官の口から驚くべき内容が話された。
それは、佐々木が過去に賄賂を受け取っていた疑惑だった。
吉川の先輩である佐々木の部屋を監察官が調べにきたのだ。
佐々木は汚職警官だった。
その時吉川は、佐々木の部屋であるチラシを発見した。
そのチラシは『赤沼整備』という修理屋だった。
手書きで「修理の事ならお任せください」と書いてあった。
吉川の眉間にしわが寄った。
「修理の事ならお任せください」と「警察には任せられん」
この二つの手書きの文字。『任』が一緒だった。
若者と佐々木の事件は、赤沼整備が関係している。
吉川はそう思わずにはいられなかった。
一方、赤沼は、倉庫の中で一人、次の行動を計画していた。
彼の目の前には、整備された機械の部品が並んでいる。そこには大きなバッグもあり、中には大量の現金が入っていた。
その中で彼は新たな「整備」の対象を選んでいた。
すると赤沼の電話が鳴った。知らない番号だった。
吉川は再びステーキにかぶりついていた。「修理の事ならお任せください」と「警察には任せられん」をおかずに。
吉川はよく噛みながら、決心する。
手書きのチラシに書いてある電話番号にかけてみるのであった。
吉川の声は冷静で、しかし緊張が隠せないほどの重みを帯びていた。
「…あんたがやったのか?」
吉川の問いかけに、赤沼の沈黙が重くのしかかる。
赤沼はようやく口を開いた。「…何のことでしょうか?」
吉川は、赤沼の反応から彼の動揺を感じ取っていた。
「君が知っていることだ」
数日の時が過ぎた。
赤沼は若松家の玄関から出てきたところだった。彼の後ろで、若松おばちゃんが手を振りながら見送っている。
「お宅のとこ、安いわね」とおばちゃんが声をかけると、赤沼は微笑みながら答えた。
「地域密着でやらさせてもらってますので」
「じゃあご近所さんにも宣伝しとくから」とおばちゃんが言うと、赤沼は感謝の意を示した。
「助かります。あ、電話番号変わったのでこちらお願いします」
彼は新しいチラシを手渡した。
赤沼は軽トラックに乗り込んだ。
トラックの中で、彼はノートを取り出し、若松家の情報が記されたページを見つめた。
父、和義(48)エンジニア
母、信子(47)主婦
長男、俊樹(18)高校3年生でタバコを持っている
と書かれていた。彼はペンを取り、「異常なし」と書き加えた。
ページをめくり、次の家族の情報が記されたページに目を通す。
そこには篠塚家と書かれていた。
父、勇助(40)フリーター
母、好美(35)パート
長男、喜助(15)
15年前の15歳の喜助の家族構成だった。
赤沼は深呼吸をし、携帯電話を取り出して番号を押した。
「赤沼整備ですけど、今からよろしいですか?…はい、では伺いますので、よろしくお願いします」
電話を切ると、彼はノートを閉じ、次の「整備」に向けて出発した。