3× 第十二話
夜の倉庫は静まり返っていた。
ただ一つ、外灯がぼんやりと光を放っている。その光の中で、喜助はコーヒーを片手に設計図を眺めていた。
コーヒーをすする度にゆいの思い出が蘇る。
施設で一人で遊んでいるゆい。しかしその姿は寂しいとか悲しいとか、そんな雰囲気はない。ただ一人で熱中している。それが本来の彼女の姿だ。
それを大人が無理矢理、人の輪に入れようとする。
人の輪に入った方が寂しいそうだ。
そんな姿を見て喜助は自分と重ねた。
赤沼が死んだ後、倉庫や金はあったが、しばらくは施設で暮らした。
周りの連中とは合わなかったから、一人でいた。
しかし大人たちはそれを認めようとしないのだ。
施設の子供たちは、みんなで手を取り合って頑張って生きなきゃいけないのだろうか。
大人の偏見だ。
両親を殺された可哀想な子。
そんな子が一人で遊んでいると、さらに可哀想だという。
施設とはそんな場所だ。
だからゆいを見た時、そこから出してやろうと思った。
私には倉庫も金もあったから、いつでも施設を出られたが、この子にはこの施設しかなかった。
ゆいを養子にしたのは、優しさとかそんなことじゃない。
昔の自分を助けたかったからだ。
きっとこの子は私と同じ感性をしている。
だから共鳴し合える。
しかし見込みは違った。
あいつは私とは違う。むしろ私の害になるかもしれない。
それだけ何を考えているかわからない。
このまま生かしておいたら大変なことになるかもしれない。
だからゆいを殺さなくては。
喜助は残りのコーヒーを一気に飲んだ。
夜の倉庫に響くコーヒーカップの音。それは、彼の決意の重さを象徴しているかのようだった。
彼はコーヒーを飲みほした時、予想外に冷めていることに気づき、少し疑問に思った。
「少し寒いのか?」と彼は自問自答する。
その時、ふいに風が吹き抜けた。
設計図の端が持ち上がり、喜助は慌ててそれを押さえた。風が通り抜けることで、倉庫のドアがわずかに開いていることに気付いた。
閉めたはずのドアが…。
風の流れが変わったことで、何かがおかしいと直感した。
不審に思いながらドアを閉めに向かったその瞬間、何者かに頭を殴られ、意識を失った。
目を覚ますと、喜助はイスに縛られていた。
目の前には意外な人物が立っていた。
刑事の吉川だった。
「やあ、喜助さん」
喜助はまだぼんやりしているが、確かに吉川の声だった。
「なんですか、これは?」と喜助は自分が縛られている状態に驚きを隠せなかった。
「あんたなんだろ?」疑問形だが、吉川は確信を持っている口調だった。「何がです?」喜助はとりあえずとぼけてみた。
「またまた。…この数年間の殺人よ」喜助はこの刑事はどこまで知っているのかと疑問に思った。
お決まりだが、喜助にはこう言うしかなかった。
「私なわけないじゃないですか」
「じゃあこれは何だ?」
吉川は、赤沼ノートをもっている。
そこに載っている設計図をペラペラめくりながら吉川は言う。
「今までの殺人現場にあった、殺しの道具が書いてあるんだが、これはどういうことだ?」
「それは、たまたま一緒なだけですよ。しかも、それが私が殺したという証拠にならないでしょ?さあ、早くほどいて下さいよ」
もちろん吉川がこんな言い訳で解放するはずはないと喜助はわかっている。案の定吉川の回答も「いや、そういうわけにはいかないな」だった。
喜助はどうすればいいか考えた。すると一つの疑問が浮かび上がった。なぜこの刑事は逮捕なり何なり警察っぽいことをしないのか?なぜ縛りつけているのか?とりあえずそれをぶつけた。
「ちょっといいんですか?警察がこんな拷問みたいなことして」
すると吉川はニヤリとして答えた。
「喜助さん。ちょっと君、勘違いしてるんじゃないかな?私はね、君を捕まえに来たんじゃないんだ。殺しに来たんだよ」
喜助は耳を疑った。
「あんた誰なんだ?」
喜助は吉川の顔をまじまじ見たが憶えはなかった。
「警察が殺しをやるとは趣味が悪いな。小遣い稼ぎですか?」
吉川はそれには答えず、動きだした。
コーヒーメーカーにまだ残っているコーヒーをカップに注いだ。
「どっかで私と会ったことありましたっけ?」その間にも喜助は話す。
「まあ、そんなに慌てて探らなくても。…今から言いますから」
吉川はコーヒーをゴクリと飲んだ。