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私は私、あなたも私??

見えている世界はすべて自分の内側

今日は「見えている世界はすべて自分の内側」という話について
私なりの解釈と体験を書いてみる。

生きていたら誰かを見て、こんなことを感じた経験があるのでは?
「うわ~、それ人としてないだろ」
「それは意地悪すぎないか!?」
「いやいや勘弁してよ」
私は長女の言動を見て結構こう感じることがある。
唯一、次女とのコミュニケーション場面で。
※長女を悪く言いたくて書いている訳ではありません。
彼女の魅力を一番たくさん知っていると自負しています。

我が家に次女が生まれてもう4年になるけれど
次女誕生後の赤ちゃん返りから始まり、
特に次女が1~2歳(長女5~6歳)くらいの間の
長女の荒れようといったら。。
長女が5歳、年長の頃は毎日幼稚園から帰ってきた瞬間から約2時間の癇癪がリアルに毎日だった。半年くらいはそれが続いていたのかな?
正直、その頃の記憶があまり思い出せない。

長女にしたら、幼稚園に行っている間にママと妹は2人でおうちにいて、
幼稚園では先生に言われたことをきちんと守って、
言葉のチョイスやコミュニケーションにまだ容赦がない年中さんのお友達関係の中で傷付くこともあり、
外で頑張っている分、家に帰ってきたらママに甘えたいというのはわかる。ただ、甘え方がパンチ効きすぎ🤕
私のこの寂しい、疲れた、悲しい、モヤモヤした氣持ちを
ママがなんとかして!!!と言わんばかりに、
激しい怒り泣きでママに訴え続ける。
きっかけは些細なこと。靴が脱ぎにくいみたいな。
そこから火がついて大泣き😡😭
「ママー!!ママー!!」
「ママ聞いてーーー!!!」
「ママこっち見ててー!!!」と泣き叫ぶ。
手が出てくることも。
いやいやずっとあなたのすぐ隣で思いっきり見ているし、聴いてるし、
これ以上どうしろっていうの!!!?
な状態から、落ち着いて氣持ちを話せるようになるまでが約2時間。
それでも長女にキレるという行動パターンを持ち合わせていなかった私は、
「どう接するのがこの子のためなのか?」に悩み、
癇癪を浴び続ける、まさにサンドバック状態だった。

そんな時期が落ち着いて、
次女が言葉が通じるようになって、
いまではだいぶ長女と次女の2人で楽しそうに遊ぶようになった。
2人がキャッキャ楽しそうに遊んでいる様子を見るのが
本当に幸せな母です。

とはいえ、長女の次女に対する姿勢は
だいぶやさしくなったとはいえ、基本厳しめ。
最近もやり取りを聞いていると、冒頭に挙げたような
「うわ~、それ人としてないだろ」
「それは意地悪すぎないか!?」
「いやいや勘弁してよ」
を感じることがある。


私は長女が荒れ出した約3年前から、ずっと長女との関係に悩んでいた。
根底では子どもをまるっとありのまま受け止めたいと思いながらも、
癇癪を起す長女といる時間が楽しくない、むしろ辛い。
次女に対する陰湿ないじわるを見ると、長女をかわいく思えない。
そして、そんな自分を責めていた。
食、モンテッソーリ教育、ぐちゃぐちゃ遊び、コーチング、認知作業療法、潜在意識、心理学などを学んだ背景には、
「どんな長女も受けとめられる自分になるため」という理由があった。

特に潜在意識や心理学を学んだ当時は
表面的には「見えている世界はすべて自分の内側」だと知っていても、
意味をよく理解できていなかった。
知識として知っていても、自分事として腑に落ちていなかったような状態。



それが最近ではやっと体験をもって理解できるようになってきた。
という話を次の記事に書きます。


ここまで読んでくださり、ありがとうございました🥰


ママのコンディションを整える作業療法士 原田れいな

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