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良い人とそうではない人の見分け #追憶の先に

私が一番季節の中で好きな春。この間、仕事が休みでポカポカ暖かいお天気の日に、目黒川の桜を見に行った。

私が見に行った頃がちょうど満開時期で、通りすがる人たちが綺麗に咲く桜に写真を構えたり、遠くを指さしながら話していたり、老夫婦で桜を背景に写真を撮っていたり... 桜の観賞日和ともいえる暖かな天気に恵まれ、桜を前に皆ニコニコしていた。


社会人になる直前のちょうど今頃をふと思い出す。私は学生のとき、高級すき焼き屋さんで着物を召してサービスの仕事をしていた。そこの仕事先で出会った、私の母くらいの年齢の女性、Yさんの存在が印象に残っている。いつも私に優しくしかけてくれて、ユーモアたっぷりのYさんは毎回出勤のときに私を笑わせてくれた。

とろこがある日、Yさんのお母さまがご病気になり看病しなくてはならないとのこと、長年働いたその職場を離れることになった。私もこのすき焼き屋さんで働いているのはそう長くなくとわかっていたし、学生のうちだけだと思っていたから、Yさんと離れることにそこまで悲しい気持ちは無かった。

Yさんの最終出勤日、終礼で皆さんの前で簡単にお別れの挨拶をした。他のサービスの方々からもらった色紙を手にしながら、涙をぬぐい感謝の言葉を口にしていた。最後は皆の拍手で温かい空気に包まれた。

Yさんは、私がそこで働く前まで、職場の一部の女性スタッフと合わず、陰口を言われたり何もしていないのにキレられたりしていたことがあったと別の人から小耳にはさんでいた。陰口を言っていたというその女性の方は、酷いうつ病を抱えていることがわかり、情緒が不安定ゆえに心無い言動をしたのだろう。

病気のせいで八つ当たりされたがゆえに、Yさんもその方に良い印象が無く、仕事場でも避けていた。

「社会人になったら、色んな人たちがいるからね。関わる人が良い人なのかそうではない人なのか、きちんと見分けられる人になってほしい」

仕事を一緒にしながら、Yさんは私にこんなことを呟いていたことがあった。

私が退勤する直前に「Yさんのように私も強く優しい人間になります」と伝えると、ニコっといつもの笑顔で「頑張ってね」と言ってくれた。たった数か月の間働いた関係とはいえ、いつも笑わせてくれて、優しく教えてくださった方がいなくなるのかと、私の心がぽっかり空いた気分になった。

Yさんが伝えてくれた言葉や楽しかったこれまでの会話が全て思い返り、退勤後更衣室に戻ったとたん、声に出して涙があふれた。そんなに思い入れがあるなら連絡先でも聞けばよかったのだろうけど、追ってはいけない気がしてその場を立ち去ってしまった。

どんなに短い期間でも、何気ない会話から自分が親しみを覚え、優しさに触れた人とのお別れは誰でも寂しくなる。しかもそれが二度と会えないとなると余計に感じる虚無感。

社会人で働く今、私は良い人とそうではない人を見分けることができているんだろうか...Yさんは今、元気にされているんだろうか。

桜を見ながら、Yさんの優しかった言葉が今でもたまに頭をよぎる。

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