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『働く』なんて、物好きのすること【ショートショート】【#116】

「……え、マジ? お前働いてんの? ウソだろ?」

 アニキは大きな声を出してそう言った。やはりそんな反応をされてしまうのか。こうして騒がれるは目に見えていたし、それが嫌だったから言いたくなかったのだ。……とはいえ、毎日のように1日のうち何時間も家からいなくなっていれば、怪しまれない方がおかしい。

「いつからなんだ? どんな仕事だ? どんな人がいるんだ?」

 アニキは興味が尽きないといった感じで、矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。それも無理はない。今時、『仕事』をする人などほとんどいないのだ。

 この国では、現在、必要に応じて何かを作ったりそのために判断をしたり……そういう活動はほぼすべての生産的活動はAIが行うようになった。国民には十分なベーシックインカムが支給され、生活し、消費をするために、どこかでお金を稼ぐ必要がまったくない。……となれば、好き好んで嫌な思いをして『仕事』をする人などいるはずがない。
 これまで仕事に費やしてきたあり余るほどの時間を、人々は趣味やアート、学問といった自分の興味のあるものだけ向けるようになる。そして結果、とがったものが次々と生み出され、他国を圧倒するという好循環を生んでいた。
 この国では『仕事』をするのは、ごく一部のモノ好きだけ。奇異の視線を向けられないわけがないのだ。

「いや別にアニキには関係ないだろ。俺は『仕事』が好きなんだよ」

「お前……だって、仕事って何時間も何時間も拘束されて、上司とかの言うこと聞いて好きでもないことやらされるんだろ? 別にお金なんてもらう意味もないし、やる意味まったくないじゃん? 頭おかしいんじゃないのか?」

「おかしくねーよ! アニキは知らないかもしれないけど、一昔前は人間は大人になったらみんな働くのが当たり前だったんだ。『働いてこそ一人前』って言われたんだよ。それが常識だったんだよ!」

 アニキは腹を抱えて笑いながら言った。

「お前……、やっぱり本ばかり読みすぎて頭おかしくなったんだよ。『働く』なんてことを好き好んでやるヤツがいるわけないだろ。それもいい年した大人が働くなんて――いい加減なことを言う本もあったもんだな。そんな無駄なことしてないで早く遊びに行ってきな」

「いいだろ! もうほっとけよ!」

 自分の部屋への階段をのぼりながら、俺は捨て台詞をはいた。『仕事』が好きで何が悪いっていうんだ。俺は、言われたことをただこなしていればいいっていうのが好きなんだ。頭を使うこともなく、何かを自分で選ぶ必要もない。こういう性格のヤツは、きっと俺以外にもいると思う。

 ――ああ、俺はこんなにも『働く』のが好きなのに。世間はもっと遊べ遊べ……ってそればかり。俺は生まれる時代を間違えたのかなぁ……



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「欲しいものリスト」に眠っている本を買いたいです!(*´ω`*)