『チョコレート・ガール』との攻防(チョコレート・ガール探偵譚/吉田 篤弘)

これは特筆すべきことである。チョコレートの向こうにはかならず物語があった。

――本文より引用

『チョコレート・ガール探偵譚』は、『チョコレート・ガール』という、現存していないフィルムの軌跡を辿っていく話だ。


(ちなみに件の映画は、昭和7年上映のサイレント映画で、フィルムは焼失している。)


吉田篤弘氏は、『チョコレート・ガール』という文字列に惹かれたというが、僕もその一人である。


なぜなら、僕がこの本を手にしたのは、『探偵譚』と付いているかいないかの違いで、同じくその文字列に恋をしたからだ。


吉田氏の調査は、映画のあらすじ、監督・脚本家の調査に始まり、タイトルでもある『チョコレート・ガール』を演じていた女優の人生、他の出演作に至るまで、各処へ枝分かれしていく。


彼の興味に呼応するように、僕の興味もあちらへこちらへ転々とする。


ああ、だから探偵なんだ。


僕は思った。


わずかな手がかりを頼りに、方々を歩き回っているんだから。


一読者であるはずの自分も、頁をめくっている内に、まるで自分が探偵となって『彼女』を追いかけている気分になる。

人生の後半を生きることは、「たしかにあるはず」と自分に云い聞かせながら、延々と本を探し続けることである。

――本文より引用

『チョコレート・ガール』という映画は、たしかに存在していた。


けれど、それは過去形だ。


今、確かめることができるのは、『彼女』の足跡だけだ。


それをわかっていても、確かめずにはいられない。


街の角を曲がったとき。


何ら関係ない本を開いたとき。


そこに、『彼女』の姿が見えるような気がして。


魅力的なニックネームに、その名前にふさわしい魅力的な女の子。


――こっち、こっちよ。


姿を見せてくれないくせに、『彼女』は探偵を試そうとする。


探偵は、探偵の威信にかけて、『彼女』の声がする方へ走る。


でも、『彼女』はすでにいない。


今までも、そしてこれからもずっとそうだ。


あと一歩のところで、『彼女』を捕まえることができない。


けれど、それでいいのかもしれない。


『彼女』は、探偵に捕まらない。


探偵は、『彼女』を捕まえられない。


それでいいんだ。


このかわいらしい鬼ごっこが、「チョコレートの向こうにある物語」なんだ。


探偵もきっと、『彼女』を捕まえられないことを楽しんでいる。


足跡を見つける楽しみを、知ってしまったから。


『チョコレート・ガール』


『彼女』は、今日も捕まえられない彼を見て、くすくす笑っている。

2/16更新

チョコレート・ガール探偵譚/吉田 篤弘(2019年)

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