銀色の立派なペガサスの羽根 『ポニイテイル』★31★
「この角、不思議な力を持ってるね。わたしにもハッキリわかった!」
レミ先生は会計をすませると、小走りで赤のオープンカーに向かった。あどはおいてかれないように、頑張って妖精に続く。レミ先生はドアを開けずに、片手をついてぴょんっとジャンプしてシートに乗り込んだ。
「きゃあ! かっこいい!」
「あどちゃんもやってみてなよ」
「できるかな?」
「できるよ! リュック貸して。このヘンに手をついて跳ぶんだよ」
「ムリ! ウチ、運動神経マイナスだから」
「大丈夫。コツがある。あどちゃん、背中にさ、ペガサスの羽根がついているって思えばいいの」
「ペガサス?」
「銀色の立派なペガサスの羽根。大丈夫。さあ、飛んで!」
「えええい!」
あどは目をつむり手をついてジャンプした。
「おお!」
ハムスタの体はぴったり、ベージュのシートに収まっている。
「すごい!」
レミ先生は花園あどのほっぺにキスをしてくれた。
「やったあ! 今、なんか、物語の主人公みたいな気持ちです!」
「それは当たり前だよ」
「え?」
「あどちゃんは、あどちゃんの物語の主人公だよ。いつだって」
「ウチの物語?」
「そう。人生っていう物語——とかオトナの先生みたいなこと言ってみたり」
「人生っていう物語」
「主人公はあどちゃん。いつだって」
「先生は? レミ先生はウチのわき役?」
「わたしはわたしの物語の主人公。みんなの物語がクロスしているの」
「物語がクロスする……」
「あどちゃんの物語は、世界中にある物語と混じり合って、光になる——」
妖精オルフェは、細い両手を大きく天に向かって広げた。
そのまま7月の青い空に飛びあがってしまいそう。
楽しい夏休み。小学校最後の夏休みがもうすぐ来る。
「あ! オレンジジュースのお金!」
「いいよ。わたし、オトナの先生だから」
レミ先生はオレンジジュースのような笑顔で言った。夏らしくて、甘くて、子どもが大好きな笑顔。
「ありがとうございます! ごちそうさまでした」
「でもね……」
レミ先生は宇宙人サングラスをかけて告白した。
「オトナの先生の役割はもう終わりなんだ」
「え?」
——終わりって?
「わたしね……いろいろ考えて、この1学期で退職することにしたの」
「えええええ!」
「ちょっとさみしいけどね」
ウグウグウルルルドルル
スポーツカーのエンジンがうなる。
「ちょっとじゃないですよ! ヤダ! もう決めちゃったんですか?」
「今日、このあとね、新しい職場にあいさつに行くんだ」
「新しいショクバ?」
「今度も図書館なんだけどね。ナイショで浮気してたのは、わたしも同じ。ごめんね」
「ええ! 突然すぎます」
「突然ってわけでもないんだ。内定をもらったのはだいぶ前。ただね、その職場のひとりがいきなり退職することになって。小学校の司書の代わりはいくらでもいるけど、そこは人手が足りなくて、急きょわたしが呼ばれて」
「レミ先生の代わりなんていないです! くそー! 迷惑なヤツだな、いきなり辞めるとか。なんでだよ!」
「その人、本気で夢を追いたくなったんだって」
「夢? 何それ、大人なのに、そんな理由でお仕事辞めていいの?」
「あれ? あどちゃん、もしかして現実革命派?」
ポニイのテイル★31★ 絵本シェルフ
★大好きな先生が、学校からいなくなってしまう。ショックなできごとだったな、そういえば、と懐かしい気持ちになりました。
★私が住んでいる東京都の場合だけなのかもしれないけれど、3月の末になってはじめて、どの先生が学校から退職するかが判明します。東京都教育委員会のページでチェックできるのです。私の開いている塾でも、春期講習中に、子どもたちは東京都のリストを見て、一喜一憂しています。今は3月ですが、3月って本当に別れの季節ですね。
★ぜんぜん実用的でないスポーツカー。そして先生と一緒にドライブ。自動運転が発達すると、いつの日かこうした光景もきっと、もう過去の、想像しにくい場面になってしまうのかな?
★『ブルブルさんのあかいじどうしゃ』という本が大好きで、息子ハルキにしょっちゅう読み聞かせしていました。『絵本シェルフ』という企画をnoteでやっていたのですが、準備と継続に対する熱意不足で挫折してしまいました。でも、いまならやれそうな気がする。今月中に削除して、新たな物を編集し、物語・小説と並行して連載を始めたいと思います。消す前にいくつかリンクはっておきますね。
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