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僕と選択と音楽と未来と。

初めに

この作品は、私の経験談なようでフィクションでもあるショート
ストーリーです。

僕と選択と音楽と未来と。


僕は仕事を休職した。

今年の初め、倒れた。
生まれて初めて救急車に運ばれた。

医者は“過労”だと言った。

数日後、病院の屋上で上司に電話をかけた。

「すみません、しばらくお休みをいただきたいです。」
「そうか。ゆっくり休めよ。手続きは郵送でいいから。」

僕の代わりはいくらでもいるのだ。

昨年末、ボーナスが入った。
全く嬉しくなかった。
通帳に刻まれたいつもの給料より大きい数字は
僕の神経や身体をすり減らした量を表している
ようだった。
1円も娯楽に使いたくないと思った。

そんな時に倒れた。
少し安心して、何なら嬉しかった。
これで口実ができた。

休職して数日経った頃、
ふと何のために仕事ってあるんだろうと考えた。
生きていくため。趣味に使うお金を貯めるため。
パートナーとの将来のため。
それぞれに理由がある。

僕は何だろう。
生きていくため、なのは間違いないが
仕事をすることで生きるのをやめたくなる瞬間が
増えた気がする。矛盾だ。
じゃあ何だろう。

2月某日。
SNSで驚くニュースをみた。
新型コロナウイルス以降3年ぶりに世界的
トランペッターが来日する。

そのトランペッターは高校時代の憧れの
プレイヤーだった。この人のスタイル
も音も何もかもが僕の理想だった。

平日の夜の公演、高級ジャズクラブで
チケット代に冷や汗をかきながら申し込んだ。

当日。慣れない深紅のネクタイをつけ入場
した。これまた高いメニューの値段に焦り
ながらとりあえずスパークリングワインと
フィッシュ&チップスを注文して一息ついた。

開演20分前ぐらいに隣の席の人が駆け込ん
できた。一息付く暇もなく彼女は僕をみて
微笑みながら
「Hello!綺麗なネクタイだね。」
と声をかけてきた。
まもなく彼女は僕と同じフィッシュ&
チップス、それとモヒートを注文して自己
紹介を始めた。彼女はフランシスコ出身の
ハーフで数ヶ月前に日本に移住したようだ。

彼女はジャズクラブに行くことが好きらしく
今日来日したトランペッターは家族で聴きに
行くこともあるぐらい好きらしい。

「私は何度かあるけど君は初めて?」
「は、はい。ずっと憧れの人で。」
「今日は平日だから、仕事から直接きたの?」
「いや、休職してて。だからゆっくりきました。」

その後少し間があって、僕は休職という
言葉を出したことがまずかったと後悔しかけた。
しかし、彼女は予想外な言葉をかけた。

「良かったじゃん!いいタイミングだね。」

コンサートは素晴らしかった。
ずっとイヤホン越しにしか聴けなかった音を
この耳に直接入れて、目の前で姿を見ることが
できた。

そして、彼女との出会いも本当に良かった。
会場を後にして、挨拶代わりのハグをかまして
別れた。

「いつか、また会えたら!」
「See you again!」


3月末。僕は退職した。
僕は無職になったのだ。
でも、後悔はしていない。

この社会で生きていくのには辛すぎると
現実を受け止めきれなかった昨年。
逃げるように休んだ数ヶ月。
でもこの選択が、再会と出会いを生み出して
僕の心が救われた。
心が動いている、猛烈に感動していることを
久しぶりに実感したらまた動き出したくなった。

その場所はどこかまだわからない。
でもこの選択が、確実に僕の未来を予感させている。
あわよくばその未来に彼女との再会もあったら最高だ。

END

最後に

最後まで拝読いただき誠にありがとうございました。
誰かの人生の選択する後押しになればと思います。

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