マルチポテンシャライト

一つに絞れない


これに尽きる。


今までの人生を振り返ってみる。

小学生の時の夢
低学年:レジの店員、アニメーター 
中学年:アニメーター 
高学年:宇宙飛行士

中学生の時の夢
中1:特になし 
中2:嵐のようなアイドル、有名人 
中3:トラベルライター、有名人

高校生の時の夢
高1:トラベルライター
高2:特にない
高3:建築士

浪人の時の夢
建築士

大学生の時の夢
大1:建築士…?
大2:起業家、アナウンサー、有名人、メディアに出て発信者になりたい
大3:起業家…?、有名人、メディアに出て発信者になりたい、音楽系、ラジオパーソナリティなどなど
大4:普通に在宅で働きながら、副業でメディア系の仕事をして成功して、そっちのキャリアに移る

社会人の時の夢
社会人1年目:エンタメ業界で発信して有名人になりたい
社会人2年目:失業中でもう何がしたいのかわからなくなった。本当はメディア系で一発当てたいけど、人目を気にして何も行動できなかった。現在ここ←


ちょっと、これ過去を振り返りながら書いてて思ったけど、幼少期から、将来の夢がずっとあるのが驚いた。

確かに、理想主義と言われればそうだな。


自分の中ではこの中の夢だと、以下の3つを時間かけて、熱量を持って行動をとった方なのかなと思う。

  1. 建築士

  2. 起業家

  3. エンタメ系の発信者



建築士


まず、自分を語る上でこの夢は触れておきたい。


元々理系科目が勉強できてたから、理系に進んだけど、
理系の仕事で魅力的だと思えるものがなかった。

ゴリゴリエンジニアになるのは絶対に自分に合わないと思っていた。その感覚は今思えばあっていたと思う。

建築士を志したのは、高校3年生の時。
将来の夢がなく、大学選びにも困っていた自分は、当時同じ部活で仲が良かった友人に影響されて建築士を志すようになった。

「建築士か、なんかオシャレだし、なれたらかっこいいな」

そんな感じで建築士の道を決めた。

大学も建築で有名なところで難易度も高いところを第一志望にし、
そこに向けて頑張った。

だが、試験結果は振るわず、浪人をすることに。

その友人も同じ大学を目指していて、浪人することになった。

その子と同じ予備校に通い、毎日勉強詰め。


・・・1年後。

センター試験(現共通テスト)でマークミスをしてしまう。

国立には行けなくなった。

家庭的に私立はNGだった。
私立で成績優秀者になれば授業料免除ということを知った。
簡単なところを受けて、成績優秀者になってそこに行くことに。



ただ、悔しすぎた。

高校は進学校で、みんな偏差値の高い大学に現役で行っている中、
自分は浪人で全然有名じゃない私立。

1年間何してたんだって思われてたと思う。

それが悔しかったから、大学1年の時、大学編入を調べだす。


そんな中でも、単位は取らないといけないから、毎日徹夜で建築の設計をしていた。

そこで問題が発生する。
毎日徹夜した単位が全く取れなかったのだ。

そこで、もう建築は向いていない。
元々理系に進んでしまったことがミスだったのだと、自暴自棄になる。


起業家


ちょうどその時期に、家庭教師のアルバイトをしていて、
その会社がかなりベンチャーだったから社長と関わることが多かった。

20歳の自分にとって事業を始める、起業という言葉は、かなり刺激的で興味を持った。

建築から離れたかったということもあるのだろうが、
経営を学べる大学に行こうと大学編入を志すようになる。


神戸大学を志望して勉強していたが、もう正直国立に行ければいいやとさえ思っていた。

もう、ラスト受験だと思って、最後の力を振り絞って、勉強した。

神戸大学は無理だったが、地方の国立に受かったので、もうそこに行くことにした。


そして大学3年次から地方大学に編入をすることになった。


しかし、大学3年生の時に、コロナウイルス蔓延と時期が被る。
うわあ、詰んだと思った。大学2年間、青春はほとんどできなかったから、3年生ではキャンパスライフ楽しむぞと思っていたのに、、、。

ただ、できることはやった。
地方をPRするためのYouTube活動を企業の人と行ったり、
大学3年生に向けて、就活支援を行ったり。


これがうまくいけば起業もしようと思っていた。
ただ、大学4年になって、結果も出なかったから、これは将来不安だと思って
就活をすることにした。



エンタメ系の発信者


あれ?
エンタメ系の発信者って、今まで振り返ってきて、話に出てきてなくない?

って思うよね。


幼少期から振り返って、気づいていると思うけど、
ずっとこれにはなりたかった。いや今もなりたい。

嵐に憧れていた時期がある。

時には乃木坂46にハマっていて秋元康のようなプロデューサーもいいなと思っていた時期もある。




ただ、自分には才能がないし、顔もカッコよくない。
そもそも下顎前突と言って下顎が前に出ているから、外科手術を含めた歯科矯正をしないといけない。ずっとコンプレックスなのだ。

これを理由に、前には出たかったけど、避けてきた。

いつか歯科矯正が終わったら、やりたいなと思っていた。



正直、今もずっとなりたい。何者かに。

普通の人生は嫌いだった。

小学生の時に、サラリーマンにはなりたくないと思っていた自分が既にいた。
あの感覚は間違っていなかったのだ。


でも、真っ向からその道に進む度胸も今はない。

何か自分が苦にならないものを仕事にして、副業で音楽活動を始めたり、ラジオパーソナリティをやるのがいいかなと思った。

保険をかけてきた人生だ。
素直にこれになりたいと公言することができなかったことが
今の自分に繋がってしまったのだと思う。

できれば、エンタメ系で何か大成したいけど、何か楽器が弾けるわけでもないし、ダンスができるわけでもない。

逃げてきた。

憧れだったけど、自信のなさから、背を向けてきた。



現在25歳。

始めるには決して早いとは言えない。むしろ遅い。




マルチポテンシャライトな時代に


誰もが感動する歌を作詞作曲してみたいし、

学生や若者の背中を押すラジオのパーソナリティをしたいし、

今後安定して稼げるITスキルを身につけたいし、

縛られたくない働き方をしたいし、

専門性を磨いて、将来は講師もしてみたいし、

歳を取ったら、田舎でカフェを作りたいし、

できれば、いつでも主人公でいたい。誰かの背中を押すことはしたいけど、
あくまでも、自分発信で影響力のある人になりたい。


理想は、星野源とか、又吉直樹、フリーランスで色々な活動をしながら働いている人。

今からでも遅くないだろうか。



とりあえず、前に進めよ、
飽くなき若者。





















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