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6歳の私 どのように吃音を克服したか

小学校入ったころの私は、
自分が好きではありませんでした。

私は、物心ついた頃から、どもりでした。
国語の授業での音読は、怖かった。
「そ、そ、そ、そして‥」
というように
最初の言葉が出てきません。
いつも恥ずかしかった。
こんな、できない自分に
自信を持てませんでした。

そんなことから、
自分から人に話かけることはなく
友達は少なかったんです。
一番仲の良かった子が
肺炎で亡くなりました。
ひとりぼっちになりました。。

担任の先生は、いつも怒っていて
何か聞かれても話ができませんでした。

ひとりでいると、分からない将来に対して
よく不安を感じていました。

母親から、
「あなたは、きっと将来苦労するわよ」
と、言われていましたし。

この不安は、私のことだから
親に相談することではないと思ったので
自分で解決することなんだと
小さいながらに感じたものです。

そんな私は、
亀にも笑われそうなくらい
ほんとうにゆっくりとしたペースで
中学、高校、専門学校、社会人に進むにつれて
友達との関係が積極的になっていきました。

それと比例するように
吃音に対するコンプレックスが
少なってきました。

なぜなら、吃音は私のひとつの
クセだと思うようになったからでしょうね。

なぜ、そう思えるようになったのか?

できないと思っていた自分が
周りの人たちが
私の良いところを誉めてくれるんです!
私にできることがあることを知りました。

また、客観的に人と私を比較観察していると
私の優れているところを発見することもありました。

こうして、ちょとずつ自信がついてきました。
そうすることで、自分の吃音に対する
ネガティブな気持ちが解放されて
受け入れられるようになるんですね。

今でも少しは残っていますが
これは私の個性。

人前で話すなんて
あり得ないと思っていたこの私が
今では、何百という人たちの
前で話したりすることもあります。

こんな経験は、私が望んで行動したことです。

なぜなら、自分の可能性を高めていきたい
という思いが強いからなんだと思います。

できる、できない、
ということは横に置いておいて
やりたいか、やりたくないかを考える。
そうすると、積極的に前に進めます。


そうして、気付いたことは、

克服とは、

自分が受け入られない嫌いなところを

これは自分の個性なんだと認めること

だと思うようになりました。

ある人のメッセージが、私にこう教えてくれました。

その方は、手を失った。
手を失う前は、1000個のことができたが、
今は、できることが100個少なくなったが
まだ、900個もできることがあると。

ただ、それだけのこどだ。

できないことを嘆くのではなく

できることを喜びたい。




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