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気づいたこと日記

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日々の気付きを日記にして残していきます
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#女性の働き方

年間読書0冊の私が、2週間で1冊を読むようになった理由

小学生の頃、私は読書が好きだった。でもそれは、読書自体が好きというよりも、aimiちゃんすごい!と言われたくてやっていた読書だった。 そんな動機なので、大人になるとまったく本を読まなくなった。読むとしても、たいていが義務感で読んでいた。 でも今年になって、初めて『楽しく読む』感覚がわかった。年間読書0冊だった私が、なぜ読書ができるようになったのかを書いていく。 読書とは、『一言一句逃さず読むこと』では無い 私はずっと、読書とは筆者が書いていることをすべて理解するように努

付き合うひとが変わる時

2021年は、私にとって変化の年です。 フリーランスになると決意して勉強を始めたし、3月からは毎日noteを書いているし、ヨガを始めたら7〜8kgやせて着る服が変わったり、たくさんの変化があります。 変化がある時にやりたくなることが断捨離です。つい最近も脱皮をしたくて、モノの整理を始めました。 私がモノを手放すときは、気持ちの整理をしたいとき。だけどモノを無駄にしたくはないので、基本的にリサイクルや寄付に出しています。 新たなモノを迎える分、自分に不必要なものは積極的

自己肯定感は低いけど、自らの能力を肯定したい

みなさんは、自分ができること・得意なことを、自信を持って言えますか? 私は言えないタイプです。というかそもそも、ひとよりできるものを見つけられないし、誰かに褒められても素直に受け止められません。 厄介だなと自分でも思います。でも性格は急には変わらないし、厄介ながらも自分とそれなりに付き合ってきました。 だけど最近、これは自分の能力として認めても良いのかもしれないと思えるものがたびたびあります。 厄介な性格でネガティブな私がそう思えるようになったのは、完全に周りの影響で

とまり木を飛びまわる

すこし前、会社の同僚と話していた時に、私はずっととまり木を探しているようだと言われました。 自分ではそう思ったことはありませんでした。でも確かに私の人生や恋愛とはそんな感覚かもしれないと、スッと腑に落ちる感覚がありました。 どこかに定住する未来はいまのところ見えないし、恋愛は1対1よりも複数愛のほうがしっくりくる。 常に自分の居心地の良い場所を求めて飛び回りたい。私の人生の根底には、この考えがあるんだろうなと納得しました。 私にとってのとまり木 私にとってとまり木とは

叶えたい未来を既に叶えている同年代には、正直嫉妬してしまう

あと少しで夏休み。夏休みは9連休なので、副業や勉強を思いっきり楽しもうと思っています。 今年の3月からライターの勉強を始め、7月からはコーチングの勉強も始めました。 いままでは一介の会社員でしかなく、自分のやりたいことよりも会社から求められることをしてきました。だから、自分がやりたいことを仕事にする挑戦を、30歳直前にして初めて行っています。 既に何者かになっている同年代に嫉妬する 最近気づいたこと。私が叶えたいと思っている未来を既に叶えている同年代の方に、嫉妬する感情

「選ばれること」で自己肯定感を満たさない私に

「選ばれたい」という感覚は、男性も女性も持っているものだと思います。 例えば仕事で認められて昇進したいとか、恋人に結婚したいと思われたいとか。 誰かに認められることは自尊心を満たしてくれるので、「選ばれたい願望」はひとのベースにあるものだなと思います。 「選ばれたい」と思っていた私 最近思うのは、「選ばれたい願望」に支配されないことの大切さです。 アラサーの女性として思うのは、生きてきて約30年、「選ばれる」感覚に影響されすぎてしまったなということです。 男性が結

時間をあえてなくすこと

私はいま毎日noteを書いています。先日noteを書いて90日を超えました。 noteはたいてい朝の始業前に書くのですが、今日は時間がなくてランチタイムに書いています。いつもよりも始業時間が早いことと、昨日夜更かしをしてしまったせいで、今日は朝書くことができませんでした。 それで、気づいたことがあります。 あえて自分の時間をなくして、無理やりにでもやるのは大事だなということです。 noteは日課にしたいので、今日noteを書かないという選択肢はありません。 だけど、

お互いの人生を観測する

みなさんは、お互いに人生を見ていきたいなというひとはいますか? 私は最近、そう思うひとが増えてきました。 「人生を観測する」という感覚はつい最近気づいたことです。 ただ単に報告をしあうだけではなくて、ここが変わったね、私たち大人になったね成長したねと気づき合う感覚。 また、自分が実現できない、違う人生を擬似体験する感覚が楽しいなとも思っています。 人生観測をし合っている友人 私にはもうかれこれ10年以上、お互いに人生観測をしては、自分と違う人生の話を楽しんでいる友人

じぶんの機嫌をとること

みなさんは、どんなことをしている時の自分が好きですか?逆に、どんな時は自分らしくないなと思いますか? 私は、誰かと対話することが好きです。でも、そんなにたいそうなことでなくても、私の好きなもので構成している私の家でただボーっとすることも好き。 「誰かと落ち着いて対話している私」も、「家でボーっとしている私」も好きです。 反対に、自分らしくないなと思うのは、落ち込んで自分を見失いそうな時。ソファに沈み込んで動けなくて、何時間も無駄に過ごしてしまう時の自分のことはすごく苦手

やさしい世界の連鎖

私はいま月1でコーチングを受けています。 コーチングとの出会いは今年の3月。いま通っているスクール(SHElikes)に月1で提供されるグループコーチングがあったので、毎月受けるようになりました。 そこで明らかになったのは、私は「軸があってやさしいひとになりたい」と思っているということ。 そして先月末のコーチングでは、さらに「やさしさの連鎖」もさせていきたい、なぜならみんなの生きやすい社会を作っていきたいからだ、と気づいたのでした。 ◆詳しくはこちらに書きました☺︎

「今日の私も最高だ」と思って過ごす

みなさんは、自分のことをどれだけ肯定的に捉えることができますか? 私はずっと自己肯定感が低くて、自分に自信が持てず、些細なことでクヨクヨ悩んではソファに沈みこみ動けなくなるようなタイプです。 社会人になってからその傾向はどんどん強くなっていて、定期的に悩んでは体調を崩します。だからいま、考え方や働き方を変えようと取り組んでいます。 なぜ自己肯定感が低いのかと考えてみる 私の自己肯定感の低さはどこからきているのか。これは、学生時代に理由があると思っています。 ど田舎で生

私はわたしを幸せにすることにした

長いこと私は、幸せとは自然にやってくるものだと思っていた。 まじめに働いていたら幸せになれる。まじめに生きていたら恋人ができる。欲深くならずほどほどに、でも人から感謝されるように生きてさえいれば、自然と幸せがやってくる。そんなふうに思っていた。 もちろん、そうやって生きていても幸せだった。仕事はやりがいがあって仲間も好きだし、そこそこ好きな恋人もできた。趣味の旅行に行けるくらいにはお金があるし、充分な生活だと心から思っていた。 でも、それはどうやら違うらしい、幸せとは待

たくさんの後悔がある私が、もし人生をやり直したら

みなさんは、じぶんの人生のなかで後悔をした選択はありますか? 私は、あります。例えば家族との関わりかたとか、大学時代の時間の過ごしかたとか、社会人になってからの仕事との向き合いかたとか。もちろん恋愛面もたくさん。 数えたらキリがないほどあって、ふいに記憶が浮かんできては後悔にさいなまれる瞬間があります。 これは私の自己肯定感の低さとも関連しているように思っていて、今でこそ少し減ってきたのですが、少し前まではよくあることでした。 ◆自己肯定感との向き合いかたについてはこ

ひとの価値は、既婚かどうかで決まらない

会社の同僚や高校の同級生、芸能人に親戚とか、ある程度の年齢を超えると「それであの子、結婚してたっけ?」という話になる。 「結婚をしているかどうか」はすごくプライベートな話のひとつだと思う。なのにいつから当たり前に「評価の対象」になったのだろう。 例えば血液型とかも、ものすごくプライベートな話だと思う。なのになんで、初対面のひとにも答えないといけないのだろう。 なぜ、結婚や血液型のようなプライベートな項目で、勝手に評価をされないといけないのだろう。 なぜ結婚が評価の軸に