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いつか見た風景 27

「旅路の果ての旅路」


 お前は誰だ。私はどこにいる。何を言ってるんだ。意味が分からないな。本当にどういうことなんだ。私に分かる言葉で喋ってくれ。おいおい私を置いて行くのか。私はどうすればいいんだ。ここからどうやって抜け出せばいいんだ。これからどうやって生きていけば…あっ、ちょっと待って、思い出した、冷蔵庫に冷たいコーラがあるけど飲む?

                スコッチィ・タカオ・ヒマナンデス



 近所の小学校に頼まれて子供たちに講義をしたんだよ。GPSを付けてるとどれだけ安全かってね。何より親御さん達が安心するからさ。実際に長年携帯しているプロの立場からのエピソード入りの知見を披露して欲しいって事だったんだけど、ちょっと熱が入り過ぎたり脱線したりもしちゃってさ。それでも子供たちには大好評だったはずだよ。他の講演者に比べて圧倒的にウケてたからね。見学に来ていた何人かの親から少々クレームらしいのが来たって誰かが言ってたけど、まぁそんな事は気にしてもアレだからさ。ん? どういうクレームかって。えーとねぇ、そうそう確かアソコの下りかな。ほらGPSが時々夢の中まで追って来るって言うアソコの部分よ。

 今週は何だか忙しいな。色々と頼まれ事が増えちゃって、まぁ私のような老人が少しでも皆さんのお役に立ててるなら嬉しい限りじゃないかな。小学校の後に行ったのは地元の警察署が主催のオラオラナントカ詐欺の防止啓蒙キャンペーンだったよ。これは面白かったね。私が詐欺の被害者役でさ、こうやって簡単に騙されちゃったりするから皆さん気をつけましょうって言うコント形式のイベントだったんだけどさ、始まったら思わぬ展開になっちゃったんだよ。詐欺役の警察官が私とやり取りしている内にゲシュタルト崩壊を起こしちゃってさ、慌てた上司の警察官が舞台に上がってこう締めたんだ。「いやぁ見事に撃退しましたね、こうやって相手の口車に簡単に乗らない事が何より大事なんですね」だってさ。


 

 忙しい時ってのは不思議と気持ちが充実するけどさ、それでもやっぱり体の方はどこかで無理してるから色々と弊害が出ちゃうよね。だからたまにはゆっくり旅にでも出た方がいいんだよ。私の場合は頚椎狭窄症の手術の後遺症もあって体がなかなか不自由だからさ、もっぱらインナージャーニーに頼ってるけどね。「内なる旅」って奴だよ、格好つけて言えば。簡単なんだよ、難しく考える必要なんかないよ。瞑想から入る人もいるけど、私はもっぱら音楽だね。お気に入りのレコードかけて目をつぶったら一発よ。でもやっぱり自分の好みにどうしても偏っちゃうからさ、ジャズでもラテンでもクラッシックでも結局洋物が多いから何だかいつも同じような旅を行ったり来たりなんだよ。

 それで今日は思い切って女房のカヨコのコレクションからピックアップしてみようかって思ってさ。カヨコは昔お琴の先生だったから邦楽系のレコードが結構あるんだよ。それでちょっと色々試したんだけどなかなか飛べないのよ、簡単にはコレが。お琴だとやっぱりカヨコの思い出ばっかりになっちゃってさ。だから三味線に切り替えてみたら、今度は一発よ。じょんがらじゃないよ、小唄だか長唄だかよく分からないけど、妙に間伸びした不思議な旋律が耳から脳幹に入り込んで来たと思ったら、もうどっかの城下町の呉服問屋の離れにタイムスリップしていたよ。

 ちょっと年増のお姉さんが三味線の稽古しててさ、ここの女将さんかなって思って聞いたら最近出戻ったばかりの娘さんだって。いや失礼、私はコレコレこう言う者で決して怪しい者じゃないからって伝えると、それはそれは長旅ご苦労様ですねって快く宿泊まで薦めてくれたんだよ。だから私も快くお言葉に甘える事にしたんだけど、これでも紳士なもんで相部屋の方はご遠慮しますよって言ったら娘さん笑ってたよ。


 
 夕飯前に散歩に洒落込んだんだけど、最初はちょっとぎこちない感じが歪めなかったな。お互い何となく意識してたのかな。それでも段々と話が弾んで気がついたら結構二人で盛り上がっちゃったりしたんだよ。そうそれで彼女に聞いてビックリしたんだけど、江戸時代ってのも結構な高齢化社会だったんだね。人生50年って感じかなって勝手に思ってたら70や80を超える老人も全然珍しくないって。そういう年寄り連中は何やってんのって聞いたら、人にもよるけど普通の爺さんが町内で相談役とか仲介役とかして結構張り切ってるよって言うんだ。不義密通とか喧嘩とかの仲裁したり、博打や酒の依存症の相談に乗って更生なんかにも一役買っているらしいから大したもんだね。それに老後になってから絵描きや陶芸家、文筆家や歌人に転身する者も少なくないそうなんだよ。何だか元気が貰えるよって彼女に礼を言うと、彼女が今、個人的に手伝いをさせてもらってる高齢の尼さんが詠んだ歌を教えてくれたんだ。

    宿かさぬ人のつらさをなさけにておぼろ月夜の花の下ぶし

 旅の途中で宿を貸してもらえなかった人の無情さを嘆くんじゃなく、そのお陰で野宿した夜に出会えた月夜の花は、その人の情けですよって。何とも崇高で美しいその歌の心持ちに感服し、同時にちょっとした不安も覚えてると、彼女がちょっと意地悪そうに笑ってこう言うんだよ。大丈夫よ心配しなくても、今晩はちゃんとウチに泊めてあげるからって。

 太田垣蓮月さんて言うんだってその尼さん。結構有名な歌人で陶芸家なんだそうだよ。レンゲツさんが自作の焼き物に自分で詠んだ和歌を釘彫した「蓮月焼」ってのがちょっと前から京土産として人気になってるって。だけどレンゲツさんはかなりの美人だからとにかく来客が多くて、それも下心溢れた男どもの格好の餌食になってるから、いつも居留守を使ったり引っ越しを繰り返したりで大変なんだそうだよ。どうやら彼女はその手伝いをしているんだな。「居留守の蓮月」「屋越し蓮月」なんてあだ名がついている程だって言うから冗談じゃ済まない程の人気ぶりなんだろうね。だからって訳じゃないけど、聞けば聞くほど私もレンゲツさんに会ってみたくなっちゃってさ。まぁ昔の私だったら放って置かないんだけどね。そんなゲスな気持ちが私の顔に分かりやすく出たんだろうな。彼女の視線を感じて一瞬目を外らすとさ、またまた彼女がレンゲツさんの歌を披露して来るじゃないか。

  いにしえを月にとはるる心地してふしめがちにもなる今宵かな

昔のことを月から問われているような気がして伏し目がちになってないですかって、やっぱり意地悪そうに笑って彼女が追い込みをかけて来たんだよ。全てお見通しって感じでさ。だから咄嗟に、いやいや私もレンゲツさんのように「悪あがき満月」って名前で一つ歌でも詠むのも悪くないかなって冗談で誤魔化そうとしたら、彼女がそれを言うなら「大慌て満月」の間違いじゃないですかだってさ。二人で顔を見合わせて大笑いだよ。その夜はちょうど満月でさ、だからこの月は絶対忘れないでいようって、密かに私は心に誓ったんだ。



 

 


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