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『酔生夢死』/掌編小説

俺は眠っているのかもしれない。
ためしに目に力をいれてカッと見開いてみる。何も変わらなかった。

男は契約社員だった。地元の大きな工場で三交代制で働き、早12年。
数週間おきに勤務時間が変わるため退勤時間もバラバラで、はじめの頃は夜勤に慣れず昼間眠れなかったが、12年も勤めれば慣れたもの、どんなときでもすぐに眠れる特技ができた。

その日男は珍しく悩んでいた。
47年間、人の倍とは言えないがその都度それなりに努力はしてきたはずだった。数年前に別れたため今は独り暮らしだが、一度は結婚もしたし、そこそこ熱中できる趣味も貯蓄もある。なのに、ほんとうに俺はこの人生を生きているといえるのだろうか。ここのところ毎日起きて食べて寝るだけの、変化の乏しい日々が続いていたからかもしれない。酔生夢死、まさにぼんやりと数十年が過ぎさったような気持ちだった。
実はすべてが夢で、俺は今布団の中でぐっすりと寝ているのではないか。そう思って、一人壁に向かい目を見開いてみたのだが。

12年と言えば小学校はまさか二回も卒業できるし、中学か高校なら4回だ。大学へ行って4つも学部を卒業するのもいいな。夕食時暇潰しにみるテレビで活躍していた小さな子役も、いつの間にかもう立派な大人だった。
そう考えるうち、気が参ってきて布団に潜り込んだ。ふて寝しよう。こんなどうしようもなく無駄なことを考えるのは、仕事帰りにフラッと寄ったコンビニで買ってしまった安酒のせいだ。くわばらくわばら。
男はそのまま眠ってしまった。


ピヨピヨピヨピヨピヨピヨピピピ!
起床時間を告げる目覚ましに飛び起きる。
チコクチコクー!
急いでパジャマを脱いで制服に着替える。
皿の上に用意されたちょっと焼きすぎの食パンを咥え、母の声を背に玄関を飛び出した。




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