【連載小説】「緑にゆれる」Vol.21 第三章
引っ越しは、わりに手際よく済んだ。
「荷物のほとんどが本や紙類なんて!」
重たいなぁ、と文句を言いつつ、谷崎と奈美はすばらしい戦力となって、すべてを離れに収めてくれた。
離れには作り付けの棚があって、そこは、本や、今まで手掛けた脚本や資料ですぐに埋まってしまった。収まりきらなかった本たちは、畳に平積みにされた。
途中で、圭が学校から帰ってきて、興味深げに、引っ越し作業を見ている。彼は、ランドセルも脇に置いたまま、家と離れの間のウッドデッキにちょこん、と座って、ずーっと見ていた。
母と二人の、静かな生活に突然訪れた変化。彼は、納得してくれるだろうか。ひそかに、視線が痛い。話を決めたときは、圭のことをほとんど考えてなかった。ずっと、居るわけじゃないから。だから、安心しろ。内心、自分自身にも向けて言い訳をしている。きっと、彼女たちの生活を壊さない距離感が必要だろう。
「家族持ちだったのか」
作業のめどがついて、ウッドデッキに腰かけつつ、谷崎がペットボトルのふたをひねる。続けて、カケルもふたをひねる。炭酸飲料のキャップが、シュッと音を立てて開く。二人で交互に、ぐい、と一口飲んでから、カケルは答えた。
「まぁな」
見上げると、夕焼け空に雲がたなびいて染まっている。
「おつかれさまでした。夕ごはん、よかったら食べてってくださいね」
温かな照明を背景に、美晴が少しデッキに乗り出してこちらに笑顔を向けた。二人を軽く見比べて、今日が初対面である谷崎には、少し、恥ずかしそうに会釈した。
「いいなぁ、彼女」
腕を組みながら片手を軽くあごに当て、谷崎が隣でつぶやいた。何だかうっとりした目をしている。
そうだ、こいつはそうだった。
「お前、妻子持ちだろうが」
思わず鋭い目つきで見返すと、谷崎は日焼けした顔から真っ白な歯を大きく見せて笑った。それから、黙ってぽんぽん、と二回大きくカケルの肩をたたくと、率先して中に入っていった。
四人で囲む食卓は、不思議で面白い時間になった。
昔、演劇をやっていたことは、仕事の仲間内には話してなかったのだが、二人の関係を説明するうえで言わざるを得なかった。予想通り、谷崎と奈美は喜んでしまい、あれこれ聞き出されることを必死で拒否しなければならなかった。
「でも、どおりで」
谷崎は、美晴が作ってくれたチキン南蛮をほおばりながら言う。
「ぼく、さっきあなたの笑顔を見たとき、何か魅力的な人だな、って思いましたよ」
「いや……そんな」
返事に困っている美晴に、谷崎が続ける。
「もし、何か機会があったら出ませんか? カフェを舞台にしたCMとか。いい絵、とれそうだなぁ」
店内を見回しながら言う谷崎に冷ややかな視線を送っているのは奈美だ。
「この間、美人のママが経営している洋食屋でも同じこと言ってましたよね」
「おれも聞いた」
カケルはサラダにフォークをさしてつけ加える。
もう、ずっとカフェやってるんですか、という奈美の問いに、美晴が、昔は浜辺でお弁当を売ることから始めた話をすると、すかさず谷崎が口を挟む。
「えーっ、じゃあ、あの浜辺でお弁当売ってたひと⁉ おれ、よく由比ガ浜で波乗りしてました」
あからさまに調子がいいので、つい美晴もコロコロと声を出して笑う。
「お前はここにナンパしに来たのか」
「ナンパって、なに?」
カケルの言葉に、圭が目をきらりとさせてくいつく。
「うーん、圭くんにはまだ、ちょっと早いかなー。もうちょっとたったらね、きっとこのおじさんが教えてくれるよ」
「おじさん言うな」
「妻子持ちの三十五は十分おじさんだろう」
「サーファーにおじさんは禁句なの」
谷崎はわざとらしく風に傷んだ茶色い髪をかきあげ、その仕草に全員が笑った。
谷崎も奈美も、美晴の夫の存在にはひと言も触れなかった。あぁ、だから、おれは、今日この二人をここに連れて来たんだな、と思った。
また、だから今までも楽しく現場で一緒に仕事ができたんだろうな、とも。
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