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年末年始から逃げよ 2024年1月【1】

新年あけましておめでとうございます。2024年になって初めての投稿です。昨年に引き続き、今年も読んでいただけたら嬉しいです。

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さて本題に入る。私は上記のような挨拶が長いこと苦手だった。実は今でも抵抗がある。基本的に年末年始が嫌なのだ。クリスマスはいいのだが、年末年始がダメ。単純に美的な好みの問題が大きい。

クリスマスは心が躍る。西洋から来たお祭りだから、何だかオシャレに感じる。日本では恋愛と結びついて、シングルの人は嫌がることが多いようだが、私は意に介さない。ロマンチックでいいじゃないかと思う。街のクリスマス飾りはどれも私の心をときめかせる。

クリスチャンではないが、基本に立ち返って、イエス・キリストに思いを馳せるのもいい。聖書を読んだり、宗教画を観たり、聖歌を聴いたりして、その世界に浸るのは素敵なことだ。

一方、年末年始はどうだろう。松飾りだの熊手だのが、私にはどうしてもダサく感じられてしまう。

年忘れ、年の瀬、忘年会、新年会、新春……。こうしたものも同じ。紅白歌合戦やレコード大賞といった、昭和から続く権威的な歌番組も然り。何だか色あせた築40年の一戸建てみたいなイメージが頭に浮かんでしまう。

「和」の雰囲気が嫌いなわけではないが、年末年始のそれは過剰ではないか。テレビをつければ、着物の芸能人が出てきて、BGMは「春の海」。

私には外国人がイメージする「エセ日本」に見える。外国人を迎える時、着物やハッピを着て、お神輿を担いで見せたりするような、わざとらしい感じがする。

「日本の年末年始」という使い古しのフォーマットに無理やり合わせているような雰囲気といったらいいか。伝統文化に飲み込まれて息ができないような感じがする。

おせちも雑煮もおいしくない。別に無視して好きなものを食べているが、それでもこうした「ハレの飲食物」が目に入ると、普段の自分のペースが崩される感じがしてしまう。

病院が10日ぐらい休診になるのも良くない。具合が悪くなったらどうしようという不安にさいなまれる。

あと女性の晴れ着に対する嫉妬心が起きて苦しくなる。女性はあんなにきらびやかに飾れるのに、男性には黒っぽい着物しかない。

成人式では特に男女差が際立つ。女性は振り袖、男性は暗い色のスーツを身にまとう。男性が着飾ろうとすると、ヤンキーの紋付袴みたいな野暮なものとなる。

どうしたら、このような晴れ着の男女格差から逃れられるだろうか。そこから降りることだ。男性のフォーマルウェアは、どうがんばっても地味でつまらない。伝統的な儀式から離れよ。そして街へ出て、好きな色、好きな形の服を、好きなように着ていい世界に逃げるのだ。

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著者は1985年生まれの男性。 不登校、社会不適応、人付き合いが苦手。 内向型人間。HSP。エニアグラムタイプ4。 宗教・哲学(生き方)…

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