見出し画像

アガサ代表・鎌倉が語る、事業への想い「世界中の治験現場で『Agatha』が使われる未来を実現したい」

治験・臨床研究のクラウド型文書管理システム『Agatha』を開発・運営するアガサ。代表の鎌倉 千恵美に、起業の理由や事業への想いを聞きました。

【プロフィール】 アガサ株式会社 代表取締役社長 鎌倉 千恵美
名古屋工業大学大学院を卒業後、総務省総合通信基盤局に入省。
2001年に日立製作所に転職し、製薬・医療機関向けの新ビジネス開発と新ソリューションの基本設計、プロジェクトマネジメント業務を担当。
2011年、製薬企業向け文書管理システムを開発する米国ベンチャー起業NextDocs Corporationの日本支社代表となる。
2015年10月、アガサを設立し、代表取締役社長に就任。


アガサを起業した理由

ー 鎌倉さんがアガサを起業した理由を教えてください。

私がアガサを起業したのは7年前の2015年ですが、起業のきっかけはそのさらに8年前、2007年に病院で目にした光景にあります。

当時は日立製作所に勤めていて、病院向けの新事業担当として、電子カルテの次なるビジネスを探すべく、日立総合病院にいました。会議室をふと見ると、一人当たり30センチにもなる厚みの文書が20人分も積まれていたのです。

それは製薬会社から送られてきた治験の文書でした。膨大な文書はスタッフが各医師の元へ台車で運び、翌週の会議で使ったら全て回収。一部を20年間保管し、残りは全て溶解処分することを知りました。

「これだけのボリュームの文書、先生は全て読むんですか?」とスタッフに尋ねると「読まないのではないでしょうか」という答えが返ってきて、さらに驚いたのを鮮明に覚えています。

ー コピー用紙1冊分の厚さが約4センチ、8冊ほど積み重なった量が一人分の文書ということですね。保管するにしても処分するにしても、一苦労です。

これは日立総合病院に限った話ではなく、調べてみると一つの病院につき年間で2トントラック1台分の文書が発生していることがわかりました。

また、医療現場は女性が多く、膨大な紙の処理をしているのもほとんどが女性のスタッフです。紙の文書の印刷や破棄のために土日出勤や残業をしている現状を変えたい想いもありました。

というのも、私は愛知県の田舎の出身で、「女性が大学に行ってどうするんだ」と言われてしまうような環境で育ったこともあり、女性が仕事を通して自己実現できる社会にしたいという問題意識もあったのです。

「これこそITで解決すべき課題だ」と思いましたが、当時日立製作所が提供していた治験の文書管理システムは2億円と高額で、医療機関への導入は難しい状況でした。

その後クラウド技術の普及によって、エンタープライズでしか使えなかったサービスの価格が下がり、中小企業にも広まっていきました。また、スマートフォンの普及により、年配の方を含め、世の中全体のITリテラシーも向上。

そんな流れの中で、「今なら病院向けにもITサービスを提供できるかもしれない」と思ったのが2011年ごろです。そのタイミングで製薬企業向け文書管理システムを開発するアメリカ企業のNextDocs Corporationの日本進出が決まり、日本支社の代表として転職をしました。

製薬会社はグローバルでシステムを使うため英語対応が必須なのですが、NextDocs Corporationのシステムは英語かつ、価格も5000万円と比較的安価。「これなら製薬会社の課題を解決できるかもしれない」と思えたことが転職の理由です。

ー そこからなぜアガサの起業に至ったのでしょう?

入社しておよそ3年後、アメリカ本社が買収されてしまったのです。日本支社も閉鎖となり、私を含め、社員約20名も全員解雇。お客さまと社員のみんなをどうしたらいいのか、不可抗力とはいえとてもショックでした。

ただ、それが起業の追い風にもなりました。

5000万円のシステムは比較的安価とはいえ、それでも高額です。導入できないお客さまもたくさんいました。また、あくまでアメリカの会社だったので「日本ではこういうサービスが適している」と話しても聞く耳を持ってもらえなかった。どこかで「自分でやりたい」という想いはあったのです。

そんな矢先に会社が買収され、当時の同僚も同時に職を失っているわけです。そこで「一緒に会社をやらない?」と声をかけたのが、現CTOのGuillaume Gerardでした。

彼は「グッドアイデアだ。エキサイティングだから一緒にやろう」と言ってくれ、他にも元同僚のエンジニアが2人ジョインしてくれました。そうしてフランス人とチュニジア人、スウェーデン人、そして日本人の私という、グローバルなチームでアガサはスタートしたのです。

薬は世界中で使われるものであり、システムも世界中で使えることが不可欠です。日本に向けたシステムを海外に展開するのではなく、最初からグローバルで売れるプロダクトを作ることが立ち上げ時の最大の課題だったのですが、幸いにもクリアできる体制ができました。

ー 勤務先が買収されたことが功を奏したのですね。

そうですね。起業前に日本支社代表という立場を任せてもらい、ビジネスの立ち上げ方を学べたのも運が良かったなと思います。


目指すのは「世界中の治験現場で『Agatha』が使われる」未来

ー アガサはどのような未来を思い描いているのでしょうか?

私たちは治験の文書を電子化する事業を行っていますが、製薬会社と病院をつなぐプラットフォームとして、『Agatha』が世界中で使われる未来を目指しています。

私たちが提供しているのは、「薬の開発をスピードアップさせるサービス」です。

私は新型コロナウイルスのワクチンが日本から出ていないことを、とても残念に思っています。開発が遅れる原因の一つは、やはり紙。製薬会社と病院が紙でやりとりをする以上、治験をスタートするだけで数カ月かかってしまうのです。

一方、電子化が進むアメリカでは1週間で治験をスタートできる。電子化が薬の開発スピードを上げるのに貢献できるのは間違いありません

それにより、薬が一日でも早く患者さんに届けば、多くの人が救われ、みんなが安心して暮らせます。コロナ禍で日本にワクチンが輸入されるのは遅かったですが、もし日本でワクチンを開発できていれば、その問題も解決するわけです。

ー 「世界中の治験現場で『Agatha』が使われる未来」に対して、今はどの段階にあるのでしょう?

今はまだ日本での提供がメインで、国内の病院でのシェアは1割程度です。ただ、2021年末に日本医師会が提供する治験業務支援システムとの連携が決まり、シェアを一気に6割まで伸ばせる下地ができました。現在は日本でのトップシェアを実現しようとしているところです。

一方のグローバルについては、現在も海外売上は約3割あり、アメリカ、ヨーロッパ、アジアで10カ国に向けて、ローカライズがいらない製薬会社向けのサービスを展開しています。

そこでまずは地盤を作り、3〜4年後に各国の医療機関に対してもサービスを展開し、本気で海外に打って出られるように準備を進めています。

ー ビジネスを進める難しさはどこにありますか?

自社だけで使う社内システムと異なり、製薬会社と病院の双方を説得し、双方に使ってもらわなければいけません。

特に紙からデータに移行する過渡期は、紙とデータが入り混じります。例えば製薬会社が20の病院で治験をする場合、12の病院は紙で、8の病院がデータという場合に、使い分けるのが面倒だから全部紙でやろうとしてしまうことが生じるのです。

ー 一定の普及率に至るまでは苦労も大きいですね。

ただ、コロナ禍が状況を変える大きなきっかけになりました。これまでは「紙でも困っていないから」と電子化は敬遠されていましたが、製薬会社のリモートワークが進み、医療機関への訪問が禁止される中で、紙のままでは治験ができなくなってしまった。

業界としても電子化を加速させる流れがあり、連携を発表した日本医師会も「電子化を進めることで日本の製薬産業を盛り上げたい」という意図があり、今回そのパートナーとしてアガサを選んでくれました。

電子にせざるを得なくなったことが後押しとなり、ようやく「病院と製薬会社をつなぐ」ことに向けて業界全体が動き始めた感覚がありますね。


世界を見ても、競合はほとんどいない

ー 競合となるサービスはありますか?

ほとんどありません。治験分野の特徴は、製薬会社と病院の双方を考慮する必要があるということ。薬を作るのは製薬会社ですが、患者さんに投与し、実験をするのは病院です。

一方、そこに対してサービスを提供する大手企業は製薬会社と病院で事業部が分かれており、双方のやり取りが着目されることはほぼありません。他国を見ても、両者をつなぐビジネスはほとんどないのが現状です

ー 世界的に競合が少ない分野なのですね。

その理由は大きく二つあります。一つは製薬会社と病院、それぞれのニーズが異なること。

製薬会社はグローバルでシステムを使うため、製薬会社向けの文書管理サービスはアメリカが強いです。一方で病院は国内でのみサービスを利用するので、サポートは母国語でしてほしい。つまりアメリカのシステムは使いたがらないわけです。

もう一つは、病院や医療費、保険など、国ごとに医療の仕組みが異なることが挙げられます。製薬会社と各国の医療機関をつなぐビジネスをグローバルで展開するには、各国に応じたローカライズを丁寧にすることが不可欠なのです。

ー それに対して、アガサはどのように対処しようとしているのでしょうか。

「グローバルで使うプロダクトを国ごとにローカライズする」ことを前提に、プロダクトを作っています。

具体的にはフランスを中心にプロダクト開発をし、日本でローカライズする流れで国内にサービス提供をしています。ヨーロッパは多様な国の集合体であり、ローカライズの重要性をよく理解しているため、その視点を持つフランスを開発拠点としているわけです。

世界中で使われる製薬会社と病院をつなぐプラットフォームを目指す上で、ヨーロッパとアジアのメンバーで構成されたアガサは最強だと自負しています。


アガサで働く面白さ

ー 改めて、治験分野でビジネスを行う醍醐味を教えてください。

社会貢献性は間違いなく高いです。これだけ技術が進んでも、まだ病気で亡くなる方はたくさんいます。そこに対して日々頑張っている薬の開発現場で働く人たちに向けて、『Agatha』を通じて貢献できている実感が持てることは、私自身大きなやりがいを感じています。

医療の世界はIT化が遅れていますが、医療従事者は患者さんの病気や怪我を一刻も早く治すことに集中しており、ITについて考える暇はありません。だからこそ私たちがITの価値を伝え、サービスを提供し、サポートすることで貢献できるのです。

そうやってIT化によって世の中をより良くすることは、私自身のライフワークだとも思っています。

ー アガサという会社や組織の面白さはどこにありますか?

アガサは4カ国の出身者4名で立ち上げた会社であり、今も約3割が海外のメンバーです。スタートアップはただでさえ混沌としていますが、海外メンバーがいることで混沌度合いはより一層激しくなります(笑)

特に品質に対するこだわりは世界でも日本が断然高いので、「これを直してほしい」と海外メンバーに依頼をしても、「そこまでやらなくていいのでは?」と言われることもあり、一筋縄ではいきません。

英語だと言いたいことの数分の一しか伝わらないこともありますし、日本語ならオブラートに包めることもストレートに言うしかない場面もあり、時には喧嘩になることもあります。

でも、そういったやりとりを経てより良いプロダクトが生まれるのだと思いますし、率直に言い合うからこそ「お互いに協力してやろう」という雰囲気も生まれます。

当社のバリューの一つ目は「正直でオープンであること(Integrity and Transparency)」ですが、バックグラウンドが異なるメンバーが集まっているからこそ、「伝えることを諦めない」「伝わった気にならず、しっかり伝える」意識は強く育っていると思いますね。

ー 今のタイミングでアガサが必要とする人材はどのような人でしょうか。

「一緒にアガサの次のフェーズを作っていこう」という気概を持った、若手やパワフルなメンバーを増やしたいと思っています。

ゼロからアガサを立ち上げて約7年。ついに日本の治験分野でシェア6割を取り、『Agatha』はトップシェアのプラットフォームになります。

今後はその基盤を育てていくフェーズです。私が最初に描いていたアイデアはある程度形になってきたので、そこからさらにビジネスを育て、広げていくのは、今からジョインしてくれる人たち。私では思い付かないことをどんどん手掛けて、一緒に世界を目指したいです。

あとは、将来的に海外で働きたい人も大歓迎ですね。薬は世界中で使われますので、どこへでも行けるチャンスがあります。現状はアメリカ、ヨーロッパ、アジアが中心ですが、それ以外の地域であっても、「この国で仕事をしたい」という想いがあればぜひアピールしてください。

ー 医療業界の経験がない人にとっては敷居が高い印象もありますが、その点はいかがですか?

医療業界の経験がないメンバーもたくさんいますので、学ぶ気持ちさえあれば未経験でも全く問題ありません

基本的な治験分野に関する研修は用意していますし、もちろん現場に入ってからもサポートします。職種によりますが、早い人は2カ月程度で独り立ちしていますね。

私たちが提供しているシステム自体も、ITに不慣れな医療機関に提供しているものですから、それほど複雑なものではありません。『Googleドライブ』の医療版のようなイメージです。

ー 最後に、今のアガサに入社するからこそ得られるものは何だと思いますか?

急成長を体験できるのは、今だからこそですね。現在は約40人の組織ですが、これから数百人規模に拡大しようとしています。役員を含めポジションはまだまだ空いていますし、自分次第で新しいポジションや事業を作るチャンスもたくさんあります。

また、日本発でグローバルに展開しているスタートアップはそれほど多くありません。3〜4年後には本格的に海外へ進出しますので、それも貴重な機会になるはずです。

とにかくやるべきことは山ほどあります。手を上げた人にはどんどん任せますし、国内、国外双方とも、自分次第で切り開けるチャンスはたくさんある。

ある程度のプラットフォームができ、業界内での知名度も高まっていますので、その状況を生かして積極的にチャレンジしてほしいですね。


取材・文 / 天野夏海
撮影 / 百瀬浩三郎