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【怪談】 ふくみ笑い

これは、私の幼なじみが体験した話です

彼女はミーちゃんと呼ばれているのですが、
子供の頃から感受性が強いというか、
確かに色々なことに敏感な性質でした

自然が豊かな土地で育った私たちは、
男の子も女の子も一緒に野山を駆け回って
遊んだものでしたが

彼女だけ、「ここには行きたくない」とか
「この場所には近づけない」と言うような
ことがよくありました

「またミーちゃんが」「仕方ないな」
と、ミーちゃんが行きたくないところには、
私たちも行かないことにしていました

子供にしては優しい集団だと思われるかも
しれませんが、ミーちゃんの感覚に従うことが、結果的に自分たちの身を守ると
知っていたのかもしれません

なぜならミーちゃんが「行きたくない」と
言った場所では、決まって危険なことが
起きていたからです

例えば、ミーちゃんが入りたくなかった
ボロボロの廃屋がありました

私たちが中に入るのを止めて引き返しかけたとき、突然みんなの目の前でその廃屋が倒壊しました

更に、小学校の子供たちがこっそり遊びに
行っていた〝淵〟と呼ばれる大きな貯水池では
ミーちゃんが突然泣き出してその場を離れるよう警告したのですが

その日の夕方、高学年の男の子が足を滑らせて
〝淵〟に落ち、溺れ死ぬという事件がありました

そんなわけで、私たちはみんな、ミーちゃんの鋭過ぎる勘のようなものを、恐れながら信頼していました

そんなミーちゃんが、最近話してくれた
出来事をご紹介します

成人してから、ある大手企業に就職したミーちゃんは、ワンルームマンションでひとり暮らしの生活を始めました

まだ新人で慣れていないせいか、
1日の仕事をやり終えるのに
どうしても残業がちになっていました

終電で帰るのはほぼ毎日で、駅からマンションまで人気の無い暗い道を通らなければならないのがとても嫌だったそうです

その時間になると路上はひっそり静まり返り、
アスファルトに響く自分の靴音さえやけに大きく聞こえて恐いのでした

その日もミーちゃんは、ひとりで家路を急いでいました

ふと気がつくと、後ろから自分とは別の足音が聞こえるような気がします

「嫌だな…… どうしよう」

変な男がついてきているのではと不安になりながら、思い切って振り返ってみました

すると、そこには誰もいませんでした

でも、確かに足音を聞いたと思ったのに、誰も
人間の姿が見えないというのは逆に恐いものです

特にミーちゃんのような敏感な体質の人は、
何かを察知してしまいます

いつものように「嫌な予感がした」と
ミーちゃんは言っていました

何も無かったことにして、気を取り直して前を向き、歩き出そうとした
そのときでした

「んっふっふっふっふ」

気持ちの悪い笑い声が、
耳元で聞こえた気がしました

思わず固まってしまったミーちゃんでしたが、
幼い頃からの経験値とでもいうのでしょうか
そういうときの対処法を心得ていたので

何も聞かなかったフリをして、表情ひとつ変えずに歩き続けました

「そんなとき、動揺したりキョロキョロ辺りを
見回したりしたら、ついて来ちゃうからね」

冷静な顔で、ミーちゃんは私に言いました

気づいてもらったと思った〝相手〟は、喜んで
こちらに向かってくるのだそうです

そんなことにならないように、その夜もミーちゃんはそっちに波長を合わせないよう、
家に帰ったら何を食べようかとか、
そんなことに考えを集中していたと言います

「楳図かずおの『漂流教室』っていう漫画、
読んだことある? 虫のバケモノが出てくるんだけど、そのバケモノはね、そいつのことを〝考え〟たら攻撃してくるわけ

主人公が必死で他のことを考えて、そいつのイメージを頭から追い出してたシーンがすごく恐かったんだけど、それと同じようなことなんだよ」

と、ミーちゃんは説明してくれました

「だから冗談とか、面白いことを考えて自分の意識をそっちに持っていくのとかいいと思う 推しのお笑い芸人のことを思い出して明るい気分になることも効果的だよ」

流石小さい頃から敏感で、そののことと戦いながら生きてきたミーちゃん 
百戦錬磨だな と思いました

何かしら〝明るい〟波動を自分に引き寄せると、そういうたぐいのものは近づけない
と、ミーちゃんは自信ありげに言いました

……とはいえ、……

突然ミーちゃんは、きまり悪そうに視線をそらしました

「疲れちゃってる時とか、体調崩したりしてる時は要注意」

「見事にやられちゃった」

と言ったミーちゃんは、こんな風に続けました

その気持ちの悪い声の主をかわしたミーちゃんは、その後何とか無事にマンションまで帰り着きました

ですが、慣れない新社会人生活と残業続きで
心も身体も疲れていたミーちゃんは、つい隙を
見せてしまったのだそうです

夕べの作り置きのおかずで夕食を済ませた
ミーちゃんは、お風呂に入ろうと浴室に行って
水栓をひねりました

「ふふふふふふ」

そのとき、またあの声が聞こえました
心底楽しくて仕方がないといったような、
でも底にはえげつない悪意が潜んでいる
ような、嫌な含み笑いです

「やばい……連れて帰っちゃった」

ミーちゃんは激しく後悔したそうです

路上で声を聞いたとき、一瞬固まってしまった
ミーちゃんの、僅かな硬直を見逃さず
ついて来てしまったようでした

「ばれてしまったんだ…まずいわー…
疲れてたからなあ…」

そう思いながら、ミーちゃんは
とりあえず出来ることをしました

湯船にお湯を張ると、手のひらに乗るくらいの粗塩とコップ1杯の日本酒を投入しました

敏感な体質であるミーちゃんは、天然の粗塩と日本酒は常に部屋に備蓄しています

粗塩と日本酒を入れた浴槽のお湯をよく混ぜ、
それからゆっくり30分以上、そのお湯に浸かりました

「普通ならこれで問題ないはずなのよ」

拳を頬に当てて頬杖をつきながらミーちゃんは言いました
眉間には皺が寄っています

「それが今度のはしつこくってね」

お風呂から上がると、もう深夜1時を回っていました
明日も早起きして出勤です

ミーちゃんはパジャマを着て髪を乾かし、寝る準備を始めました

歯を磨こうと鏡に向かったそのときでした

「えへへへへへ」

何と、鏡の中の自分が全く違う女の顔で笑いかけてくるのです

粗塩と日本酒、効いてないじゃーん!!!

慌てたミーちゃんは、急いでバッグを開けました
いつも中に入れてある般若心経を取り出すと、自分でもどうかと思うくらい大音量で読み上げ始めました

お経を唱えると、マンションの中は空間が浄化されたようで心なしか明るくすっきりした雰囲気になりました

良かった……今度は効いたかな

そう思ってお経を読むのを止め、ベッドに入りました

布団にもぐり込み、枕に頭を乗せた

そのときでした

「ふははははは」

「ぎゃーーーーーっ!!!
ヤメテーーー!!!」

思わず恐怖の叫びを上げてしまったミーちゃんは、これまで生きてきた中で最大の屈辱を味わったそうです

「だってビックリしたんだもん ずるいよね
一番ほっとしてるときにそんな風に脅かしてくるの! マジで恐かったんだから!
タイミングが恐すぎるっちゅーの!!」

私に向かって話すミーちゃんの顔は真っ赤でした
かなり本気で腹が立っていたようです

怒りに燃えたミーちゃんは、眠い目をこすりながら〝結界〟を張ったそうです
般若心経をもう一度最初から最後まで読み上げ、ベッドの四隅に盛り塩をして、更に枕元と足下にクリスタルをひとつずつ置きました

そういう現象に対して百戦錬磨のミーちゃんが、断固とした意志をもって行ったその除霊法が功を奏したのでしょうか、その後は部屋の中であの嫌な笑い声を聞くことはありませんでした

「良かった……撃退した」

今度こそ安心してミーちゃんは目を閉じたそうです

ところがそれから、どうしても寝つくことが出来ません

しかも、ずっと何かに〝見られている〟ような感じがして気が立ってしまいます

あ~……もう……

ミーちゃんは仕方なくベッドを出て、
ベランダのサッシを開けました

外に出て、辺りを見回しました
すると、ベランダの床と手摺りの間から

「ああああああ」

恐怖におののいたものの、
ミーちゃんは気を取り直し、呼吸を整えて
必殺の〝真言〟を唱えました

すると〝真言〟が効いたらしく、
その含み笑いの主はそこから去り、
もう戻って来ることはありませんでした

「それって結局、何だったの?」
と聞くと、ミーちゃんは
「多分、普通の浮遊霊だったと思う」
と答えました

そうやって人にくっついてきて、
声を聞かせたり恐いイメージを見せたりして
怖がらせ、楽しんでいる霊がいるのだそうです

「ミーちゃんてさあ、そんな時、恐くないの?」
と聞いた私に、
「恐くないわけないじゃん」
とミーちゃんは答えました

子供の頃から他の人に見えない存在に
脅かされて育ってきたミーちゃんは、
幾度となく洒落にならないくらい
恐い経験をしてきました

霊に遭遇することは、何度あっても
慣れるということは無く、
その都度まともに恐怖を
感じるのだそうです

それから少しでも逃れたいので、
手に入れられる限りの情報を集めて
効果的な対処法を実戦してみている、
とミーちゃんは語りました

ミーちゃんが普段行っている粗塩と日本酒、
般若心経、盛り塩にクリスタルといった
対処法が効かなかったということは、
今回はかなり強い霊だったようですね

何とか祓うことが出来て
本当に良かったです

でも、霊の存在ももちろん恐いですが、
私が強烈に感じたのは、
あんな気味の悪いものに出会っても
自分で対処しようとする
ミーちゃんのメンタルです

私だったら多分、恐さに耐えきれず
失神するか、そうでなければ部屋にいられず
友達のところに泊めてもらうとかしていたと思います

小さい頃からの特異な体質を嘆くでもなく
日常的に遭遇する恐怖に向き合いながら
ひるまず前向きに生きているミーちゃん

ある意味彼女が〝最恐〟なのかもしれません

これからも強く、霊に立ち向かって
いって欲しいと思います

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