映画『窓辺にて』感想 よそよそしさと距離感は、優しさの表れ
人間の愚かさ・滑稽さ・哀しさをひっくるめて、美しさとして表現している傑作。映画『窓辺にて』感想です。
『愛がなんだ』『街の上で』などで知られる今泉力哉監督の最新作。恋愛映画でありつつ、恋愛に上手に向き合うことの出来ない人々を滑稽に描くのが特徴ですが、今作もそのスタンダードな今泉作品を、より深化させた作品という印象でした。
今泉監督の作品は、毎回キャスティングが絶妙だと思うんですけど、今作の主人公である茂巳を演じる稲垣吾郎さんも、ドハマりしている演技ですね。主体性がなく、今ひとつ感情が読み取れないという主人公らしからぬキャラクターは、稲垣吾郎さんのアクの強くない薄味の演技がピッタリだと思います。
茂巳というキャラクターは不思議な魅力を持っていると思います。周囲の人間にとっても、そして我々観客にとっても、何を求めている人間なのか、はっきりとしない人間なんですよね(それは茂巳本人も、自分を本質的に理解していないということに繋がると思うんですけど)。
ただ、不可解ではあるけど、不快な人間ではないように感じられるように描かれています。流されているように見えるのに、なぜか優柔不断という印象がなく、確固たる意志があるわけでもないのに、自分で選択した道を歩いている自立した人間という印象を受けます。これを表現するのに、演技力よりも人間力を重視した稲垣吾郎さんというキャスティングが大成功していると思います。
作中で文学小説を扱っていることもあり、登場人物たちの言葉の強さ、美しさみたいなものが際立って感じられるようになっています。基本的に、ひたすらに語り合っている会話劇なのですが、この言葉の美しさがあるから、全く退屈しないんですよね。
また、その言葉の美しさに反して、小説を読まない留亜の彼氏である水木優二(倉悠貴)の発する言葉は正直な可笑しさがあるし、茂巳と紗衣の夫婦と相似関係でありながら真逆の選択をする有坂夫妻の遠慮のない言葉とのコントラストも楽しめるものになっています。有坂正嗣役の若葉竜也さんは『街の上で』『神は見返りを求める』に続いて、ここでも気付けない人間という演技なんですよね。これがまた絶品でした。
その様々な言葉から、茂巳が対話を経て、自身でも理解していなかった自分の中の不可解さを解き明かしていく物語となっています。他人とのコミュニケ―ションで、その人間を理解することが、自分自身を理解するというものになっているんですよね。自身をきちんと考えて、内省を突き詰めるということが作品の主題になっていると思います。
それを作品主題を一番ダイレクトに伝える場面が、茂巳が乗るタクシー運転手のクソつまんない会話シーンというのも、最高にクールですね。
それまでの瑠亜との喫茶店での会話や、茂巳と紗衣が暮らす部屋など、かなりオシャレな空間となっており、正直ちょっと洒落っ気が強すぎるかもと感じ始めていた終盤で、この言ってしまえばIQの低い会話を使って本質的なメッセージを伝えてしまうというのは他に類を見ない脚本演出だと思います。
序盤での茂巳の、他人との距離の取り方が、よそよそしい感じがありつつも不快なものではないと思っていたんですけど、終盤でそれは茂巳ならではの優しさからくるものだったとわかるようになっているんですね。それが夫婦のすれ違う関係性になってしまうけれども、悲劇ではなく、人生の美しい1ページと感じられました。茂巳と紗衣の2人だけでなく、留亜と優二、有坂夫妻など、別々だけど、それぞれにとって正しい選択をしているカップルを描いているので、多様性のある美しい結末となっているんだと感じます。
美しくお洒落な空気でありながら、滑稽さ、愚かしさも描くという、すごくレベルの高い映画表現に達している作品だと思います。2時間半近い長丁場の作品ですが、この作品世界の心地好さがとても素晴らしく、ずっと観ていたいと思わせられました。
今泉力哉監督は、どんどん質を高めているように感じられます。多作ですが、自分のスタイルでブレずに、独自の道を究めていることを証明する傑作です。
この記事が参加している募集
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?