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映画『神は見返りを求める』感想 すぐ近くに存在する不快さを描く快作

  思いの外、重たい胸糞恋愛コメディでした。映画『神は見返りを求める』感想です。

 イベント会社に勤める田母神尚樹(ムロツヨシ)は、合コンで底辺YouTuberの河合優里ことゆりちゃん(岸井ゆきの)と出会う。再生回数が上がらないことに頭を悩ませるゆりちゃんを不憫に思った田母神は、彼女のYouTubeチャンネルの撮影や編集を手伝うようになる。ゆりちゃんから「神」と喜ばれ、満更でもない田母神だったが、相変わらず再生回数は伸びない。
 とあるきっかけで人気YouTuberコンビ・マイルズの2人と知り合ったゆりちゃんは、コラボ動画の体当たり企画に参加したことでバズり、一気にチャンネル登録者数が増える。ブレーンにデザイナーの村上(栁俊太郎)も加わり、念願だった人気YouTuberの仲間入りを果たしたゆりちゃんだが、一方の田母神は立場を失っていく。ゆりちゃんの田母神への態度も変化するようになり、善意のかたまりだった田母神は次第に豹変する…という物語。

 2021年の『BLUE/ブルー』『空白』も記憶に新しい𠮷田恵輔監督による、オリジナル脚本作品。特に昨年の『空白』は、超ド級の重たさを持つ人間ドラマの傑作だったんですけど、今作はそれと比較すると、ちょっと軽そうなブラック恋愛ものかなという感覚で観てきました。
 その結果、今作も違う方向での重たさを持った人間ドラマであり、ある意味では『空白』以上に観ていてしんどくなる作品だったので、やはり一筋縄ではいかない監督であると、改めて感じさせられました。
 
 『愛しのアイリーン』『ヒメアノ~ル』でも、嫌な人間の描き方、人間の醜さの描き方が巧い監督ではありましたが、今作での巧みさは尋常じゃないですね。本当に居そうというか、既視感のある嫌な感じのリアリティが凄まじく、マジでうんざりしてしまいました。
 この醜さを、「YouTuber」という職業に当て込んでいるのは、YouTube世代の人にとってはディスっているように感じられるかもしれませんが、自分のようにYouTuberに興味のない人間からすると、割とすんなりと納得してしまいました。
 
 田母神さんがゆりちゃんに恋愛(童貞的な期待による)感情を抱いて、裏切られるというのは、よくある物語ではありますが、そこからの不毛な争いが、SNSでの言い合いや、野次馬的に撮影された街中のヤバいケンカ動画を目にして時間を取られてしまったような徒労感があるんですよね。意識的にドラマ性や芸術性を排して、あえてつまらない人間を描くことに徹底しているように思えました。
 
 ここまでは観ていてもかなりしんどい思いをさせられたんですけど、そのしんどさを伏線にして、クライマックスで僅かばかりの人間性を描くドラマになっているんですよね。これは観るのをすぐに止められる動画コンテンツではなく、観ることを徹底させる劇場上映という形だから出来る業による脚本だと思います。
 
 8割、9割方は不毛な動画作品にしか思えない人間の醜さを見せつけているのに、クライマックスのみで人間的な美しさを描いて、映画という芸術作品に仕立て上げているように感じられました。田母神さんとゆりちゃんの、和解には程遠くても、お互いの気持ちを少しだけ理解する、僅かな歩み寄り(本当に僅かなのがたまらないですね)がこれだけ醜悪で矮小な物語を、ちゃんと人間という生物を少しだけ肯定してくれています。
 
 ムロツヨシさんは『ヒメアノ~ル』での出演した役と似ているんですけど、あちらが完全コメディスタイルだったのに対して、こちらはもっとスリラー的なスタイルで演じ分けていますね。どうしてもコメディ俳優のイメージが強い役者さんですが、それを活かしつつ、狂気を表現出来るところまで魅せている、ベストなキャスティングだと思います。
 
 岸井ゆきのさんも、こう書くのは憚られるんですけど、「丁度好い」ルックスの役者さんなんですよね。注目を集めないYouTuberというのと、田母神さんが接しやすいという点では絶妙な外見だと思います。ルッキズムが批判される昨今では悪とされる考え方と不快になる方もいるとは思いますが、𠮷田恵輔監督作品は、こういう絶妙な外見の役者さんを必ずチョイスしているんですよね。終盤で登場する迷惑系YouTuberの覆面の下も、少し映るだけですが、漫画家がデザインしたのかというくらい絶妙にキャラクターとマッチしていました。
 そして、もちろんその絶妙なキャスティングに応える岸井ゆきのさんの演技も素晴らしいものですね。正直かなりイメージ悪くなる演技でしたが、胸糞悪くなる度に、岸井ゆきのさんの評価が爆上がりするようでした。
 
 さらに2022年No.1の「イヤな奴」候補となる梅川葉役の若葉竜也さんも、最低な役で最高の演技を叩き出しています。正直、暴力ヤクザやサイコパス殺人鬼よりも、こういう現実に居るイヤな奴の方が、遥かに胸糞悪いというのが今作で証明されています。それも、無自覚というのが救いようがないし、無自覚故に、ひょっとしたら自分自身もこういう振る舞いをしてしまっているのではないかという恐怖を植え付けてきます。
 若葉竜也さんは『街の上で』では、朴訥とした「気付かない人」の演技も素晴らしかったんですけど、今作では違うベクトルで「気付かない人」の演技というのも、対照的で面白いですね。終盤の田母神さんとゆりちゃんが僅かに見せた美しさに、梅川は一生気付けないというのも、それはそれで不幸だと思うんですけど、その不幸にすら梅川本人は気付かずに楽しく生きているかと思うと、結局考えているこっちがモヤモヤしてしまうんですよね。あーイヤな奴。
 
 基本的にこの作品のスタンスとしては、YouTuberを少しバカにしたようなものだと思うんですけど、YouTubeという動画メディアへの批判ではなく、その黎明期にたくさん登場した名前を持ったキャラクターとしてのYouTuberが対象になっていると思います。確かにYouTuberの方々は、多くのファンが付いている人でも、良く言えば親しみやすく、悪く言えばファンからも下に見られているような人気の出方のイメージがあります。
 そういうのもあって、自分としてはあまり良さがわからない人たちのメディアという印象だったんですけど、今作で登場するゆりちゃんのファンの台詞、「残るものってそんなに偉いんですか?」という言葉にはハッとさせられました。自分とは明らかに違う価値観なのに、すごくその人にとっての切実な価値観というか、相容れなくとも納得できる考え方に感じられたんですよね。それまでの物語で明らかにつまらない価値観と切って捨てていたのに、ここでその価値観が転換するような台詞を書いて納得させてしまうのも、凄いことだと思います。
 
 結末もまた、ハッピーエンドと言えるものではありませんが、他人がどう思うかではなく、主人公たち本人自身の中にある答えが出ているという意味では、結末だけポジティブなものだったと考えることが出来ると思います。𠮷田監督はまだまだ作品を追っかけていきたいと、改めて思わせる力作でした。


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