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映画『BLUE/ブルー』感想 青コーナーの視点から描く美しい悔しさ


 男くさいけれども、とても繊細な作品でした。映画『BLUE/ブルー』感想です。

 敗け続きのプロボクサー瓜田信人(松山ケンイチ)の所属するボクシングジムから、久々にスター選手が生まれようとしている。瓜田の後輩である小川一樹(東出昌大)は、その才能とセンスを如何なく発揮して、日本チャンピオンとなるのも目前となっていた。小川は、瓜田の幼馴染である天野千佳(木村文乃)との交際も順調で、瓜田はそんな2人を穏やかに見守る。だが、千佳は、小川の言動が若干おかしい事に一抹の不安を抱き始めていた。
 そんな中、ボクシング未経験の楢崎剛(柄本時生)がジムに入会する。不純な動機でボクシングを始めた楢崎は、やっている風で構わないと公言するが、瓜田の丁寧な指導により、やがて楢崎もボクシングの魅力に憑りつかれていく…という物語。

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 『ヒメアノ~ル』『犬猿』『愛しのアイリーン』などで知られる𠮷田恵輔監督によるオリジナル映画作品。𠮷田監督は30年以上ボクシングを続けていて、今作のボクシングシーンも、自らが「殺陣」として指導をされたそうです。
 𠮷田監督作品は、基本的にはコメディ調なんですけど、その中に、人間が「本気」になる瞬間を描いているようにも思えます。『ヒメアノ~ル』と『愛しのアイリーン』は、原作漫画がそうだからというのもありますが、悪い方向に向かう「本気」を描いていましたが、今作では、その逆の良い方向での「本気」を描いたと思います。実際に出会ったボクサーをモデルにしたという、瓜田という主人公の人格者な部分がその方向へと物語を引っ張っていたように見えました。

 いわゆる『ロッキー』で描かれるような努力の末の勝利というものは、この作品では描かれず、むしろその努力を打ち砕く敗北という現実を描いていくんですね。昨年公開されていたボクシング映画『アンダードッグ』と同じ種類と言えます。
 ただ、『アンダードッグ』との違いは、派手なKOや、パンチがクリーンヒットするようなシーンはなく、ひたすらに泥臭い試合展開や地味な練習シーンがメインとなっています。選手たちの私生活のドラマが、試合での拳に乗せられるような演出もなく、むしろ徹底して試合のリアルさを描いて、奇跡のような瞬間は全く見せていないのが特徴ですね。

 主人公3人のボクサーが共通して描かれるのは、悔しさというものだと思います。敗け続けている瓜田が、最も敗者に見えるんですけど、パンチドランカーとなっていく小川にも、思いのほかセンスの良さでプロライセンスを取る楢崎にも、ボクシングを続けるからこそ味わう敗北する瞬間が描かれています。
 ただ、だからといって敗者が諦める姿を美しく描いているというよりは、勝利に向かって努力し続ける姿を美しく描いている作品だと思います。勝敗の結果ではなく、その過程にこそ価値があるという印象が強く刻まれるものになっています。
 だから、終盤の楢崎が瓜田の指導通りに動くことで試合を優位に進めるシーンが、物凄く感動的に映るんですよね。試合の勝敗に関係なく、この瞬間こそが人生で美しい時間というものになっていたと思います。そして、それと同時に、ボクシングの中では、勝敗でしかその価値が決まらないという残酷な点も強調されているんですよね。

 メイン主人公となる松山ケンイチさんの演技は流石のもので、瓜田というキャラクター性を十二分に理解して演じています。ここまでお人好しだと、ちょっと健全過ぎて感情移入しにくいキャラに思えてきそうなんですけど、その優しさの裏側にある苦悩や嫉妬にまみれている姿が、ちょっとした仕草だけで、物凄く印象深いものとして表現されていると思います。
 柄本時生さんのマヌケな3枚目のキャラも良いですよね。バカっぽいのに嫌いになれない絶妙なキャラ設定を、絶妙な演技で成立させていると思います。

 そして、世間的にはいまだに評価されにくい東出昌大さんの演技ですが、今作はドハマり役だと思います。小川というボクサーは、努力よりも才能の比率の方が多いタイプなんですけど、その空虚さが良く出ていると思います。こういう空虚な人物には、ホントに東出さんの演技ってハマるんですよね。
 ただ、今作はその空虚な部分に、瓜田の優しさや嫉妬とった感情で満たされていって、小川という人間性がより高まっていくという構造に見えたんですよね。今までにない東出昌大の演技となって、世間でいわれている棒読み演技とは全然違う顔を見せるものになったと思います。

 瓜田が幼馴染の千佳への想いからボクシングを始めたのは明らかですが、続けていたのは千佳への想いというわけではないと思うんですよね。物語の終わりで、3人ともトレーニングをしている姿が描かれていますが、もうシンプルにボクシングの魅力に取り憑かれた人間となった姿なんだと思います。今までになく、純度の高いボクシングを描いた映画だと感じました。

 ボクシングは、勝者だけが評価される残酷なものではありますが、多くはこういった名もない選手たちが切磋琢磨して発展してきたはずなんですよね。勝利だけを追い求めるというのは、言ってしまえば成果主義となってしまうもので、それは感動とは程遠い考えになってしまうと思います。敗者で紡がれた物語というのが、映画ならではの感動をもたらしてくれる作品でした。


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