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映画『アンダードッグ』前編・後編感想 負け様の美学


 実際のボクシング試合を、ドラマ付きで観戦しているかのようでした。映画『アンダードッグ』感想です。


 過去に日本チャンピオンのタイトルマッチに挑戦したほどのプロボクサー末永晃(森山未來)。現在も現役を続けるものの、敗け続ける“かませ犬”としてリングに立つだけの日々。妻子にも出ていかれ、デリヘルの送迎をしながらボクシングにしがみ続けていた。
 そんな晃に、プロライセンスを受ける若手ボクサーの大村龍太(北村匠海)が、なぜか付きまとい始める。龍太は申し分ない才能と、出産を控えた妻の加奈(萩原みのり)との暮らしもあり、順風満帆に見えるが、養護施設でひねくれて育ち、半グレをしていた過去が忍び寄っていた。
 ある日、晃に試合の申し込みが入る。バラエティ番組の企画でプロライセンスを取ったお笑い芸人・宮木瞬(勝地涼)とのエキシビジョンマッチだった。有名俳優の息子である瞬は、親が用意したマンションで暮らしながら、芸人としての才能のなさ、何も成し遂げていない生活に鬱屈とした思いを抱いているが、番組企画で始めたボクシングには熱意を持ち始めていた。
 惨めな人生をおくる晃は、2人のボクサーと出会うことで、再び心に火が点く…という物語。

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 安藤サクラ主演で日本アカデミー主演女優賞、最優秀脚本賞を獲った『百円の恋』の、武正晴監督と足立伸の脚本による再タッグのボクシング作品。前・後編に分かれて、トータル4時間半に及ぶ大長編になっています。
 『百円の恋』は劇場公開時にも観ており、安藤サクラさん演じる主人公の、これでもかというほどの惨めっぷりを、痛々しくドラマとして見せつけてくる作品でした。

 今作でも、その惨め描写は健在で、まるでボクサーがトレーニングとして身体を痛めつけるかのように、主人公たちの痛々しいドラマが描かれています。
 『あしたのジョー』や『はじめの一歩』など、映画に限らずボクシング物には名作が多く(すみません、『ロッキー』は観てない…)、2017年公開の『あゝ、荒野』なんかも凄く好きな作品でした。今作はちょっと『あゝ、荒野』と世界観というか匂いが似ている感じがしますね。二部作というだけでなく、裏社会の底辺や、そこでの這いつくばるようなセックス描写も近いと思います。

 ただ、過去の名作が、才能溢れるボクサーの栄光(あるいはそこからの凋落ともがき)を描いているとすれば、この作品で描かれるボクサーや登場人物たちの姿は、その逆の負け犬としての姿ばかりなんですね。
 晃は周囲の人間からも、家族からも見放されていて、自身の情熱も消えかかっている死んだ目をしたボクサーで、既に悲劇の物語を終えた姿から始まっているんですね。夢破れる姿を描くなら、美しい散り際となるわけですけど、その後となる身の振り方を考えなければならない状態、そこからの逃避の日々を描いているので、まあ惨めなわけですよ。
 そして、そんな晃に寄り添い続けるのがデリヘル店長の木田五朗(二ノ宮隆太郎)で、また輪をかけた負け犬なんですね。この役どころが素晴らしかったです。助演賞ものでした。
 このボクサーたちだけでなく、周囲の人間たちも何かしらの「負け」を抱えている人間ばかりで、それがこの物語の特徴になっています。生き様というよりも、もはや「負け様」で魅せる作品になっているんですね。

 晃がなぜボクシングにしがみ付いているのかは、はっきりと台詞では語られず、周囲の人間とのエピソードで何となく想像させる形になっています。けど、そことは関係ない場面の、瞬の先輩ボクサー役で出てくるロバートの山本博の台詞、「戦った先に見える何か」を欲しているんだと思います。これは瞬に向けられた言葉なんですけど、主人公3人に限らずボクサー全員の行動原理になっているように思えました。ロバートの山本さん、器用な演技ではないんですけど、実際にプロライセンスを取った芸人なので、言葉に真実味があるんですよね。すごく良い配役でした。
 その戦った先に見えるものの表現が、ボクシングシーンなんですけど、これがまた良いんですよね。ボクシングの試合展開として臨場感があって、単純に面白いんです。思わず応援してしまうし、それまでのバックグラウンドが描かれているから、きっちりと泣かせられてしまいます。

 ただ、難点を挙げるなら、女性描写がいかにも昭和的という印象でした。何か男を受け入れるか、突き放すかという描写だけで、あまり女性が能動的に何かをしているという感じがなく、男の世界を見ているだけの存在に思えました。晃にとっての佳子(水川あさみ)と、龍太にとっての加奈・瞬にとっての愛(冨手麻妙)が対比になるのはわかるんですけど。
 『百円の恋』では、そういうもののカウンターとして、女性ボクサーを描いていたので、ちょっと逆戻りな印象でした。

 プロレスなら負け様が美学として、お客にも受けるんですけど、ボクシングは勝敗がはっきりとしていて、割とそういう意味では敗者にとっては残酷なんですよね(プロレスが特殊なのかもしれませんが)。
 負け様をドラマとして見せることで、散っていった多くのボクサーたちの鎮魂にもなっているし、ボクサーに限らず色んなことを諦めてしまった人には響く物語だったと思います。


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