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映画『街の上で』感想 今泉監督会心の代表作


 とにかく、全てにおいて「絶妙」な傑作。映画『街の上で』感想です。

 下北沢に住み、近所の古着屋で働く荒川青(若葉竜也)は、恋人の川瀬雪(穂志もえか)から別れを告げられて、思いもよらぬ傷を抱えていた。それでも、ライブハウスや行きつけのバーに通ったり、馴染みの古本屋で、田辺冬子(古川琴音)と喋ったりと、青の平凡な毎日は続いていく。そんな中、美大に通う高橋町子(萩原みのり)から、卒業制作に監督する自主映画への出演を依頼される。その撮影現場で出会う城定イハ(中田青渚)など、女性たちは青の日常に少しずつ変化をもたらすが、当の本人はそれにも気づかず、ぼんやりと下北沢で暮らしていく…という物語。

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 『愛がなんだ』『あの頃。』などで知られる今泉力哉監督による最新映画作品。といっても、2020年の公開予定だったものが、コロナ禍により一年延期になっていたので、作品の完成はずいぶん前になると思います。今泉監督は、とにかく多作で、ここ数年は何かしらの作品が常に劇場公開されているイメージがあります。

 ちなみに今作では脚本で、僕が敬愛する漫画家の大橋裕之さんが参加されているのもポイントです。ただ、大橋さんのインタビューでは、喫茶店で今泉監督が持ってきたアイデアを聞いて面白いと思ったものを、カットしない方が良いと助言するだけだったと答えています。けれども、十二分に大橋裕之作品の空気が蔓延する映画になっているんですよね。

 今泉監督作品は、『愛がなんだ』のインパクトが強かったんですけど、女性も男性もチャーミングに見せていながら、彼ら彼女らの恋愛そのものは、全く良いものとして描いていないということに驚かされました。その作風は、今作でも強く印象に残ります。

 冒頭の青くんと雪ちゃんの別れ話をする場面のリアリティ凄まじいですよね。全くかみ合わず、論理的には破綻した会話が続いているんですけど、この「会話になっていない会話」って、関係が一方通行になっている恋愛独特のものだと思います。脚本に書くなら、もう少し意味のある会話を作ってしまいそうなものなんですけど、絶妙に破綻した会話劇で冒頭から見事に引き込まれました。

 この作品は、恋愛を描く一方で、クリエイターを目指す人間にとって憧れの聖地である「下北沢」という街を描いた作品でもあります。けれども、決して「シモキタ」を素晴らしい街として描いてはいないというか、そこに憧れて集まる人々を、むしろ小バカにすらしているように感じられたんですよ。このシニカルな視点が、「シモキタ」を苦手とする自分にとって、めちゃくちゃしっくり来たんですよね。

 下北沢って、街ではあるんですけど、そこに根を張って住み着いている人間は1人も居ないような気がするんですよね。作中で、魚喃キリコの漫画に登場する場所を探す女性のように、ファッションとしてのサブカルに憧れる人はいても、そこにずっと住む人はいない街のように感じられます。高橋町子や城定イハのように、クリエイターを目指して住んだりはするんでしょうけど、成功したら別の場所に居を構えるし、夢破れたら地元に帰るなどして、そこから出ていく人ばかりだと思うんですよね。
 自分もバンドをやっていた時期は、ライブハウスに出たり観に行ったりもした街ですが、この街全体にあるオシャレだけど、フワフワとした定着しない空気が、どうしても苦手でした。ただ、そのフワフワした色んな人間がいる場所というのが、今作のような群像劇にぴったりだとも思います。

 この群像劇に登場する人物たちが、悪い人は1人も出てこないわけですけど、かといって人間的に素晴らしい人物でもないというのが、絶妙に性格悪い脚本だと感じます。恋愛面にしろ、仕事面にしろ、どのキャラも何かダメな部分に目が行くようになっていて、それが絶妙に可笑しさを生み出しているんですよね。古着屋を訪れる付き合っていない男女2人組のエピソードなんて、クソどうでもいい恋愛模様なんですけど、そのどうでもよさ自体がボケになっている笑いなんですよね。しかも、その2人の関係性が『愛がなんだ』で描かれていたものと同じで、セルフオマージュになっているようにも感じられます。

 萩原みのりさん演じる高橋町子という女性は、フワフワした感じではなく、真剣に創作に向き合っている人間なんですけど、これもまた絶妙な人間の出来て無さが描かれていると思います。
 打ち上げの飲みの席で、映画論から口論になる場面とか、カッコいい女のようにも見えるんですけど、その相手はくっ付いたり離れたりしている男というので矮小化されます。作品に必要なければカットするという姿勢も、クリエイターとしては全く正しいんですけど、そこに誰かを傷つける可能性というものを考慮していない感じ、それを突き付けられても自分の責任ではないと開き直ってしまう高慢な態度など、まだ色んなものが追い付いていない若いクリエイター特有の雰囲気が見事に出ていますよね。萩原みのりさん、これをちゃんと理解して演じているように思えます。

 そして、何といっても主演である若葉竜也さんの、受け身だけに特化したような演技、最高ですね。若葉竜也さんを初めて観たのは、『葛城事件』という映画の中で、無差別殺人を起こす若者役だったんですけど、人間性を諦めてしまったような何とも醜い役柄で、かなりインパクトは残っていました。しばらくはその役のイメージがこびり付いて離れないほどだったんですけど、『愛がなんだ』や朝ドラの『おちょやん』で、等身大で善良な若者役を観ることで、ようやくそのイメージが離れ始めたところでした。
 この青くんは、若葉さんの大当たり役だと思います。青くんの視点で物語が進む主人公なのに、群像劇のキャラたちをただ傍観しているという積極性の無さ、かと言って、自分の中に何かしらの欲望がないわけでもないという、小物な人間性の心理を、重層的に演じていたと思います。
 青くんは受け身なんですけど、積極性を持った行動を起こす時は、失敗する時なんですよね。田辺さんに近づけるかと思って、急に地雷踏み抜くような質問を投げかけるとか、全く馴染めるはずもないのに、何かを期待して打ち上げの席に参加してしまうところとか、20代後半だけど、大人の振る舞いを身に着けておらず、童貞が抜けきっていない感じ、すっごいシンパシー感じるんですよね。この雰囲気も、大橋裕之作品に通じるものがあります。

 だけど、この青くんの受け身だけの姿勢が、絶妙な心地よさを放って、女性陣に安心感を与えていくのも、ご都合主義と思わせることなく、納得する展開だと思います。無意識できちんと他人にとって救いになるような行動を、青くんはしているんですよね。
 女性たちにとって青くんが、結果として「異性としてアリ」になっていく物語ではあるんですけど、そのファインプレーに全く気付いていないというのも童貞感が為せる業(わざ)であり、業(ごう)でもあるんですよね。

 この群像劇が、入り乱れて絶妙に関係のない人同士で迎える終盤の修羅場シーンは、本当に笑えますよね。あれほど映画の劇場で笑い声が出ていたのは、コロナ禍以降初めてだったと思います。マジで「キングオブコント」のぶっちぎり優勝ネタみたいに爆発していました。「あんたは誰だ」の台詞のタイミング、完璧ですよね。ちょっとこの場面、感動的ですらありました。

 この作品の女性陣、本当に可愛く撮影されていますよね。先述の萩原みのりさんの美しさもそうですが、『少女邂逅』でも印象的だった穂志もえかさん、最近ドラマでもよく出演されるようになった古川琴音さんも、今後注目していきたくなる魅力を放っています。そして、今作で初めて知った中田青渚さんも、名前を憶えておくべき存在として認識されました。

 今泉力哉監督作品の中でも、代表作となる傑作だと思います。若葉竜也さんにとってもそうだし、女性陣にとっても役者としてターニングポイントになる作品なんじゃないでしょうか。傑作といっても、力を込めた感じが全くない空気が、今の時代感を表現していて、そういう意味で現代を代表する1作だとも言えます。

蛇足としての追記

 先日、2度目の鑑賞をしてきたんですけど、そこで何となく構造の部分を理解することが出来たので追記しときます。

 この作品ってほのぼのした日常を描いている割に、ずっと「死の匂い」みたいな空気が出ているのが気になっていたんです。古書店の店主かわなべさん(声:大橋裕之)が既に亡くなっていたり、城定さんが「明日死ぬかもしれへんのに」と急に言い出したりとか。その辺りが、2回目の鑑賞ですとんと腑に落ちてきたんですよね。

 下北沢の再開発で変わっていく風景というものが会話に出ていますが、この消えてしまう風景(=死)になぞらえているのが、故人となった古書店の店主かわなべさんの不在と、青くんのカットされてしまった演技ということなんだと思います。
 そして、青くんがカットされた事に抗議するのが、生前のかわなべさんと恋人関係だった田辺さんであり、その抗議の現場に居合わせた城定さんが、青くんに「映画出てましたよ」(存在していましたよ)と、存在を肯定する意味で伝えるという事なんですよね(しかもその意図に、やっぱり青くんは全く気付いていないというのも、たまらないものがあります)。

 ちょっと、完璧すぎる脚本構造ですよね。ただの別れたりくっ付いたりしているコイバナ物語の中に、これほどの意味を説明無しに込めるというのがカッコ良すぎるなと。終盤の爆笑修羅場が目くらましになっていましたが、やはり名作の域に達している作品だと思います。
 映画に限らず、漫画や小説、音楽などは、何度体験しても新たな発見をする作品というものがありますが、そういう類いの作品ですね。今の映画好きにも観てもらいたいですが、後世の人たちにも観てみて欲しい傑作です。


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