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映画『死刑にいたる病』感想 ホラーというジャンルに収めた腕を評価すべきか否か

  確かに怖い作品ですが、怖がらせようとしている感もありました。映画『死刑にいたる病』感想です。
 

 理想と程遠いランクの大学に通い鬱屈した生活をしている筧井雅也(岡田健史)のもとに、手紙が届く。その手紙は、24人の少年少女を拷問して殺害した容疑により死刑判決を受けた榛村大和(阿部サダヲ)からのものだった。榛村は犯行当時、パン屋を経営しており、中学生だった雅也は常連として榛村とも親しくしていたのだった。拘置所で榛村と面会をした雅也は、思わぬ事実を告げられる。「罪は認める。だけど最後の殺人は僕じゃない。犯人は別にいる」 榛村は、自分の犯行ではない一件の殺人事件の真相を突き止めてほしいと依頼する。
 雅也は榛村の願いを聞き入れて、独自に調査を開始する。だが、それは榛村の犯行を辿ることでもあり、次第に雅也は事件の闇に呑み込まれていく…という物語。

 櫛木理宇による原作小説を、『孤狼の血』『凶悪』などで知られる白石和彌監督が映画化した作品。人間ドラマから裏社会ものまで、多作で幅の広い作風の白石監督ですが、今作はバイオレンス側の白石作品になっています。今まではヤクザものでの暴力描写のイメージでしたが、今作での猟奇殺人、シリアルキラーものの雰囲気は、初期の傑作『凶悪』以来な気がします。強いていえば、『孤狼の血LEVEL2』での上林が、ヤクザでありながらシリアルキラーに近いキャラだったので、連なっているようにも感じられます。
 既に逮捕されている殺人鬼との対話による心理戦という図式は、名前を挙げるまでもなく『羊たちの沈黙』ものですね。この図式でひとつのジャンルになっているというのは、改めてド級の名作だったと思います。
 
 まず冒頭の拷問描写から、かなりエグいことになっていました。一応、この作品はPG12指定ということになっているんですけど、はっきり言って、どういう審査基準してんだと思ってしまいました(先日観た『やがて海へと届く』は、「未成年者の飲酒シーンがある」という理由だけでPG12なんですよね)。
 ただ、冒頭から引き付けるための残酷描写だったのかもしれませんが、個人的には逆にリアリティを感じられなくなってしまったんですよね。殺害をする小屋も、いかにもアメリカのスプラッターホラーの雰囲気になってしまっていて、日本の地方という舞台設定ではあまり現実感がありませんでした。
 
 今作での「レクター博士」の役割を果たすのは阿部サダヲさん演じる榛村という殺人鬼ですが、確かにかなり恐ろしい猟奇殺人者になっています。瞳の奥が真っ黒になっている撮影演出は恐怖描写として印象的でした。
 ただ、やはり最初から異常者だと判っている状態だと、殺人鬼であるということを意識して注目してしまうんですよね。異常な殺人嗜好を持っていながら、それを隠す知能、日常生活に溶け込むことの出来るコミュニケーション力、そして人心掌握術に長けているというのが、榛村の最も恐ろしい部分なので、もっとどこにでもいる普通の善良な顔でいる時間の方が多いはずだと思います。そこから、シームレスに殺人鬼の顔になることでゾッとさせられるのを期待していたんですけど、いかにもヤバい人間という顔ばかりが印象に残ってしまうんですよね。善人の顔する時も、いかにも仮面なんだろうなという感じがしてしまったので、大きな変化として感じられませんでした。
 
 インパクトのある暴力描写から一転、その後は拘置所の面会による心理劇戦というのも、ちょっと失速した印象になってしまっています。雅也役の岡田健史さんは、『MIU404』『青天を衝け』などのドラマ作品で演技を拝見していて、期待の若手役者の1人でした。今作でも、鬱屈としてアイデンティティが確立していない若者を好演しています。
 ですが、ボソボソっと喋る主人公と犯人の会話劇だと、真相が明るみになっていない段階では、あまり引き付けられないものになっているんですよね。やはり『羊たちの沈黙』の会話劇であるのにスリリングな展開というものと、比較してしまいました。
 
 それと、原作や脚本の問題でもありますが、何者にもなれない自分の隙間を埋めるために事件の捜査を始めるという雅也の行動動機が、ちょっと弱い気もするんですよね。わからなくもないけど、何かストンと腑に落ちないものがありました。「大学生活に馴染めない中二病を抱えた若者」というのが、類型的で雅也独自の人生として立体的に見えて来ない感じがしてしまいました。

 拘置所のガラス越しに、互いの顔が映るという演出も、『凶悪』にも重なりますが、顔が重なったり、すこし離れたりするというのは是枝裕和監督の『三度目の殺人』の方がインパクトがあったので、目新しいものではありませんでした。
 
 ヒロインである灯里(宮﨑優)がなぜ雅也に寄り添うのか、きちんとした説明もあり、結末の着地点まで、サスペンス・ホラーとしてよく出来た物語ではあるんですけど、逆にいえばサスペンス・ホラーの範疇にキレイに収まっている作品という気がします。あれだけはみ出した暴力描写が、逆に浮いてしまっているようにも思えました。
 
 ただ、白石監督は原作ものをこれまでも多く手掛けていて、企画に対してきっちりと仕上げる職人的な監督という側面もあると思います。そういう意味では、きちんとホラーの範疇に収めたというのは意図通りの職人技と評価することもできるかもしれません。サイコ・ホラー全般が好きなファンに向けてきっちりと仕上げた作品なんだろうと思います。


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