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椅子の一生

 誰にも座られることのない椅子がいました。
 その椅子は、とあるお爺さんによって作られ、売りに出されましたが、誰に座られることもなく隅のほうでずっと佇んでいました。

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 ほかの椅子たちが次々と人々に買われていくなかでも、その椅子は一向に売れません。しかし椅子はお爺さんの言葉を何度も思い出しては、それを励みにしていました。
「お前はかたちは悪いけれど、しっかりした椅子だ。」とお爺さんは言っていました。「だからほかの椅子たちを妬んだりしてはいけないよ。きっとお前を必要としてくれる人が現れるからね。」
 その後、お爺さんは亡くなってしまいましたが、椅子はお爺さんのことを、そしてお爺さんの言葉を片時も忘れたことはありませんでした。

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 とある雨の日のことでした。黒い帽子をかぶった大男がやって来て、店主と話しているのを椅子は聞いていました。どうやらその大男は、とある事情から「普通ではない」椅子を探しているようなのです。
 店主はこう言いました。
「それなら、あちらの椅子がよいのでは。」
 大男が近づいて来て、椅子をじっくりと見ました。そして「これをもらおう。」と言いました。

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 椅子は大男が運転するトラックの荷台に積まれ、がたんがたんと揺られながら、小さな家に運ばれました。赤い屋根がひときわ目を引く魅力的なお家でした。椅子はその家が一目で気に入りました。

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 家の中にいたのは、一人の幼い少女でした。大男は彼女に言いました。
「ほら、誕生日プレゼントだよ。これならお前の身体にもぴったりだろう。」
 椅子が見たところによると、少女の身体は「普通の」かたちをしていませんでした。骨が変形しているのか、背中がアルマジロみたいに丸まっていたのです。椅子はそれを少し気の毒に思いました。
 少女は恐る恐るといった感じで、椅子に腰かけました。するとどうでしょう。それはまるで彼女にあつらえられたみたいに、ぴったりでした。

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 椅子は初めて人の重みを全身で受け止めました。少女の嬉しそうな声を聞きながら、椅子はとても幸せな気持ちになりました。
 それからの歳月、椅子はその少女とともに過ごしました。春の心地よい日はバルコニーで、夏の日差しが強い日は木陰で、秋の風が吹く日は窓辺で、冬の雪が降る日は暖炉の前で、椅子は常に彼女と一緒でした。
 しかしかつては少女だったその子も、成長し、大きくなります。椅子は段々と彼女の身体を支えるのが困難になっていきました。
 そしてある日、彼女が腰かけた途端、椅子の脚が歪み、倒れてしまいました。すっかり年老いてしまった大男と彼女は、椅子をどうすべきか話し合いました。

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 彼女は椅子を修理すべきだと言いました。一方で大男は新しい椅子を買おうと言いました。議論の末に大男の意見が採用されることになり、彼女は泣き出してしまいました。椅子は自分が壊れてしまったことよりも、彼女の涙を見たことにより、悲しい気持ちになりました。
 翌日、大男はいつかと同じように、壊れた椅子をトラックの荷台に載せました。そのとき、椅子は自分が長い歳月を過ごした家をもう一度見ました。綺麗な赤だった屋根はすっかり色あせ、かつてのような魅力はもうありませんでした。そして椅子はがたんがたんと揺られながら、遠ざかる家を見ていました。

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 誰にも座られることのなかった椅子は、もう誰にも座られることのない椅子ではなくなりました。椅子は壊れてしまいましたが、自分の一生にまったく悔いはありません。椅子はお爺さんの言葉を思い出します。
 きっとお前を必要としてくれる人が現れるからね――。
 トラックの荷台の上で、椅子はがたんがたんという音を、いつまでもいつまでも聞いていました。

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――おしまい。

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