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心が動くのはいつだって誰かの顔が浮かぶ時。

『誰のための演奏なのか考えなよ』
 いや、『誰のための演奏なのか間違えんなよ』だったかな。

 それが対面だったかメールだったか、あるいはブログやmixiのコメントだったか……そんなことすら今となっては思い出せない。
 だけど、彼のことを思い出す時、いつもこの時のことが脳裏に浮かぶ。

 それは一見、先輩としての教えに見えて、実際は叱りのような、はたまた「それ以上こっちへ来るな」とでも言いたげな忠告のようにも感じた。

 思い出すと今でも胸がツキンとする。拒絶のようで寂しかったのか、演奏の目的を履き違えていると指摘されたようで情けなくて恥ずかしかったのか、軽蔑されたかのようで怖かったのか。いずれにしても自分本位な理由での胸の痛み。


 高校3年生、卒部前ラストの演奏会。当日演奏会のお手伝いをしてくれるOBである先輩へ『先輩に届くように演奏しますから観ててくださいね!』たしかそんなようなことを言った。それに対する返答がそれだった。

 別に、いちばん好きだった先輩に自分のすこしは成長した姿を見てほしかっただけ。自分の音を、演奏を聴いてほしかっただけ。それ以上も以下もなかった。
 だから私は、その返答に正直ちょっと面を食らった。

 あの時は、恥ずかしさや怖さを振り切るために、平気な顔で優等生ぶった相槌をしたと思う。『もちろん来てくださるお客様へ気持ちを込めて演奏しますよ』
 あの時もうすでに私はそういう性格の人間だった。


 誰のための演奏なのか——
 結局その答えは今でもわからず仕舞いだ。

 先輩の思う模範解答はなんだったのだろう。
 やっぱり入場料払って聴きにきてくださるお客さまのため?
 それとも自分自身のために楽しく吹けってこと?
 あるいは一緒にできる演奏が最後になる後輩たちのため?

 正直、あれから20年弱、歳を重ね大人と呼ばれるようになった今の私でも、模範解答がわからない。

 だけど『誰のための演奏なのか』そんなのは演奏する側が心に自ら思うものじゃないのかな。
 先輩もそう思ったから「間違えないように自分でちゃんと考えなよ」と私に確認を促したのだろうか。
 考えて考えて、その結果がやっぱり「先輩に届けたい」だったとしたら、もうそれ以上何も言われなかったのかな。
 いや、どうだろ『いやだからそうじゃないだろ』なんて言われていたかもしれない。


 実際今の私はデキた人間じゃないから、顔も名前も知らないお客さまのために想いを込めた演奏はできない。
 そりゃ楽しんでもらえたらいいなとは思うし、練習の成果を発揮できるよう、完成度の高い音楽を届けられるよう、誠心誠意、本気の演奏はする。足を運んでくださってありがとうございますという思いも十二分にある。

 だけどそうじゃなくて。
 心が震えるほどの演奏ができるときって、必ずそこにはしゃんと誰かの顔が浮かんでる。
 今まで一緒に大変な練習を乗り越えてきた仲間の顔とか、応援してくれてありがとうって感謝したい家族の顔とか、こんな音を奏でられるようになったよって届けたい誰かの顔とか。

 音楽を聴きに来ているお客さまからしたら、そんなの見せつけられても冷めるだけかもしれないけど。

 でも少なくとも私は、その奥に見える人の思いが垣間見えた時に感動する。
 だから学生の演奏会や、甲子園野球は、見知らぬ他人だったとしても、聴いていて見ていて涙が出る。その姿に彼らのたゆまぬ努力や青春が見える気がするから。

 バンドの音楽を聴いていてもそう。凄いな、良い曲だな、格好良いなと思う曲はたくさんあるけれど、涙が出そうになるほど好きで感動で心が震える音楽は、必ずそこに人の顔が見える。浮かぶ。 

 結局人の心を動かすのは人なんだよなあと思い知らされる。

(もちろんどの音楽にもそこには人の思いがあると思う。それを感じ取れるかどうかは人それぞれの経験や心の周波数によるから、だから人によって心動く対象は異なる)




 物語も同じだ。最初はただの物語の登場人物として認識していたキャラクターも、物語が進んで、そのキャラクターの良いところ、自分と同じ弱いところが見えるたびに惹かれていく。
 そして気が付けばそのキャラクターに人として入れ込んでいて、物語のなかで起こる出来事に、ともに一喜一憂したり感動したりする。


 遅ればせながら1stシーズンを読了した。
 めろしゃんのアヘアへキングダム。愛称『アヘキン』。

 オープニング&キャラクター紹介の時点で、カオs……じゃなくて、面白い予感が、予感っていうか確信がするでしょう?

 全21話のオリジナル小説。動画+イラスト付きで、適切な場所に適切なものがある構成が秀逸なので、貼り付けられたものはその場で再生しながら読むことをお勧めしたい。

 第1話でBGM『らららコッペパン』のリンクが貼られているのだけど、それを流しながら読む、とあるアパートの住人たちの日常はあまりにも「日常」で、ツッコミどころ満載な笑いはあっても、まさか最後の最後でこんなに泣かされるなんて思ってなかった。

 第21話(最終回)で、エンディングテーマとして用意された動画の曲を流しながら、これまで全21話のなかで見てきた各メンバーの葛藤と覚悟の思い出が走馬灯みたいに思い出されて号泣してしまった。


 本当は、自分の記事の内容と並列しての紹介ではなくて、特集記事で紹介をしたい気持ちはあるのだけれど、それはなんとなく今じゃない気がして、取り急ぎこのような形での紹介となった。
 感動の勢いで最終話の記事をオススメしちゃったけど、ネタバレなしで読んでもらうには、上記のオープニング記事あるいは以下の記事をオススメすべきだったああああぁ!しまったああぁ!と思っているのはここだけの話。

 また改めて特集記事みたいにして、ちゃんと紹介したい。




 人と関わると、悩んだり不安になったり傷付いたり、心がざわつく瞬間もある。
 だけど、嬉しいとか愛しいとか、そういうふうに心が震えるのも、そこに人が居るからなんだろう。

 リアルな友人・家族・恋人でもいい、好きなアーティストや芸能人だっていい、顔も本名も知らない文章の向こう側の大好きな人でもいい。
 誰かの顔(アイコン)が浮かぶ。そんな日常に心を動かされながら生きている。





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