平安時代のDQNはタチが悪い~『殴り合う貴族たち』のレビュー~
平安貴族……というと、『源氏物語』や百人一首など、色恋沙汰にうつつをぬかしながらのほほんと和歌でも詠んでいた人たちというイメージが強いと思うが、当然ながら彼等だって人間なので、怒りに身を任せて罵詈雑言を吐いたり暴力をふるったり殺人を犯したりする。
『源氏物語』という幻想
そもそもの話だが、『源氏物語』は紫式部の描いたフィクションであり、つまり、この作品は紫式部の「こんな世界だったら素敵よね」という理想(妄想)に満ち溢れている。なので、たとえばいまから1000年後の未来人たちがたまたま『NANA』を発見して、「当時の人たちはみんなカッコよかったんだなあ」と想像しているようなものである。
藤原道長の悪行の数々
たとえば、『源氏物語』の主人公・光源氏のモデルのひとりとされる御堂関白・藤原道長などは、この本の冒頭で次のような悪行が紹介されている。
・式部省の試験に懇意の者を合格させるため、試験管である式部少輔・橘淑信(たちばなよしのぶ)を拉致した
・妻の外出の準備を手際よくしなかったため、前摂津守・藤原方正(ふじわらかたまさ)、前出雲守・紀忠道(きのただみち)を監禁した
・祇園御霊会で、従者たちに命令して、参加していた散楽人たちに暴行をふるった
まあ、やってることは現代で言えばDQNである。
暴力的な平安貴族
しかし、これらは本書で紹介されているほかの事例と比べれば、まだまだ「可愛い」もの。この本で実際に使われている小見出しをいくつか抜粋してみよう。
藤原経輔、後一条天皇の御前で取っ組み合いをはじめる
藤原道雅、敦明親王の従者を半殺しにする
藤原兼隆、自家の厩舎人を殴り殺す
藤原兼房、宮中での仏事の最中に少納言と取っ組み合う
大学助大江至孝、威儀師観峯の娘を強姦しようとする
藤原伊周・藤原隆家、花山法皇の童子を殺して首をとる
藤原道長、自邸の庭の造営のために平安京を破壊する
花山法皇の皇女、路上の死骸となって犬に喰われる
敦明親王、加茂祭使の行列を見物する人々を追い回す
源政職、鉾に貫かれて果てる
民部掌侍、悪霊に憑かれて三条天皇を殴る
藤原教通の乳母、教通の従者を動員して藤原行成の叔母の家宅を襲う
県犬養永基、道吉常の妻を強姦して無理矢理に自分の妻にする
基本的に平安貴族、とくに藤原道長以降のボンボンたちは暇人で、人間は暇になるとろくなことをしないものだと相場が決まっている。
努力もせずに高い位に就いてしまった彼らは、ちょっと気に入らないことやままならないことがあると、手下である放免(のちのち武士になる人たち)を使って嫌がらせをしたり、リンチしたり、拉致監禁したり、家を破壊したり、場合によっては殺したりした。
また、当時の貴族たちは現在よりも天皇および皇族と日常的に接していたせいか、けっこう天皇や法皇、皇族たちに失礼なことをしたりする。花山法王は矢を射かけられたし、三条天皇は殴られたりしている。
「荒三位」藤原道雅
とりわけひどいのは、「荒三位」「悪三位」などと呼ばれたらしい藤原道雅。彼は下級官人に瀕死の暴行を加えて謹慎処分を受けたり、敦明親王の従者を拉致してリンチさせたり、賭博をした挙句に天下の往来で取っ組み合いのけんかをしたりした。
ただし、道雅は歌のセンスは抜群だったので、ちゃっかり小倉百人一首に入ったりはしている。
今はただ 思ひ絶えなむ とばかりを
人づてならで 言ふよしもがな
でも、ちょっと読むのがしんどい
さてこの本、すごく切り口やテーマはおもしろいし、見出しはキャッチ―に作ってあって、非常に興味をひかれて読んでいたのだけど、ちょっと読むのがしんどい。
というのも、さまざまな暴力事件が発生するまでの経緯を、登場人物たちの系譜を交えながら説明しているからだ。
もちろん、その事件について知るにはそうした描写が絶対に必要なんだけど、本書の場合、それがちょっと微に入り細を穿ちすぎている印象が否めない。もう少し手短にわかりやすく説明する文章にできなかったかな、と思う。
ちなみに、現在はKADOKAWAから文庫版も出ている模様。ちょっと装丁がポップになってしまっている。個人的にはハードカバー版のほうのデザインのほうが好み。
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http://ada-bana.hatenablog.com/entry/2018/02/20/104012
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