雨の日を笑うあなたの口元に、傘とおんなじ紅が咲いてる
金曜夜の駅は、雨が降ってても寒くても、晴れてあたたかい月曜夜よりもずっと、みんな機嫌がいいような気がする。
かく言う私もその例に漏れないので、今日は駅中のコンビニに寄ってデザートを買う。自分へのごほうびって言い方はなんとなく好きじゃないから、これは週末へのログインボーナスってことで。
先週くらいまではモンブランどら焼きとか、さつま芋あんのオムレットとか、秋の味覚推しだったと思うんだけど、もうすっかりドリンクもアイスもデザートも、どこもかしこもクリスマスだ。
去年何回も買ったデザートが今年も復活していて、ついうっかり「ふぉっ」なんて喜びと驚きの声が漏れる。よっしゃありがとう今年もいっぱい食べるぞー!とガッツポーズをする。今度はちゃんと内心だけに留めた。
あとは本屋に寄って今日出た新刊を買えばハッピーな週末を迎える準備もばっちりですよ。
ほくほくしながらコンビニを出ると、ちょうど急行か快速あたりが到着したのか、改札からたくさんの人が吐き出されてくる。
女子高生の集団は、月火水木金土日いつだって元気だけど、今日はいつもより笑い声がぴかぴかしている。
これから飲みに行きそうなおじさん二人組は、ご機嫌でひたすらおいしいものの話をしている。これから食べたいものかな。
学校かバイト帰りって感じの男子大学生も、「だりー」って歩き方をしているけど「まあ週末だし」って顔に書いてある。気がする。人を刺しそうな傘の持ち方だけはやめような。
ハーフアップに上下グレーのスーツで決めてバリキャリを体現したようなお姉さんは、スマホのチェックに余念がないけど、それでも華金だからかハイヒールの足取りは軽やかだ。しかし、歩きスマホしながらあのピンヒールで歩けるの強いなぁ。
そんなことを思ってぼんやり人間観察していたら、バリキャリお姉さんのきゅっと結ばれた口元が、いきなり緩んでそのまま破顔した。
家路を急ぐどこかのお母さんへ向きかけていた目が、一瞬でお姉さんに引き戻される。
何というか、めちゃくちゃ厳しそうな人がふいに見せたレアな笑顔を盗み見てしまったようでドキリとして。横目だけチラリと向けてすぐに目線を外した。
でもやっぱり、まさに「無」だった表情から満面の笑みへの変化があまりに鮮やかすぎたから、気になって二度見する。
いや、お姉さんもう下向いてる。というかもはや顔覆ってる。
スーツでキメたバリキャリお姉さん、スマホ見ながら、人前でめちゃくちゃ笑てる。
ギャップ萌えってレベルじゃないぞ。
気になって仕方なくて目が離せない、と思ったけど、私と反対方向に進んで行くお姉さんは、振り返っても角を曲がってそのまま見えなくなった。
えーーー、なに、あのお姉さんに何があったんだろう。
たぶんアラサー、私と同じくらいか少し上。
社会人歴10年前後になってきても上下スーツってことは、伝統ある大企業勤めで外回りしてるか、銀行とか秘書とか信頼感が大事な業務、あとは教師とか士業とかなのかなぁ。なんにせよお堅めなお仕事をされてるのは確かだろう。
それで、たぶん仕事のできるクールビューティーとして通ってらっしゃる。きっと部下とかいるし、後輩指導なんかもお手のもの。
ここまで秒で勝手に分析する。妄想とも言う。
やっぱ、好きな人からの連絡だったのかなぁ。急に会えるようになったとか。
はたまた、推しのアーティストのライブにでも当選したのかも。嬉しいお知らせとかかもしれない。あまりにビジュの良い写真が投稿されてたとかもあるな。
もしくは、家族や友達からの嬉しい連絡やお祝いごと。試験に受かったとか結婚が決まったとか子どもが産まれたあたりかな。産まれたばかりの赤ちゃんの写真とか来てたのかも。
あるいは、お姉さん自身が何か試験に受かったとか。買ってた株が爆上がりしてるとか。宝くじの当せん発表はたぶんタイミングじゃないだろうしなぁ。
ひょっとしたら、ツイ廃やねらーで、しょうもない呟きやくだらない書き込みに思わずにやけたのかも(今はTwitterではなくXだとかいう突っ込みは聞こえないふりをします。今はツイ廃とは言わずX廃なのかな、もうそんな言葉できてる?)。
実は隠れオタクで、公式からの供給とか神絵師の投稿に感極まったとかもあり得るかも。自分の投稿にいいねがついた!神から返信が来た!あたりもありそう、あのリアクションだと。
なんて、人が思わず街中だろうと笑顔になってしまいそうな、ありとあらゆるシチュエーションを一瞬で妄想する。
ハッピーな想像ばっかりしたので、何だか私までちょっと幸せになれたような気もしてきた。
とりあえず、帰ったら私もハッピーになれることをしよう。今日は冷えるからお風呂にお湯を張って、好きな入浴剤を入れようかな。その前に排水溝を掃除しておけばスッキリするし後々の私もハッピーにできる気がする。
そんでお風呂上がりはさっき買ったデザートを食べよう。あと途中で本屋に寄って新刊を買うのも忘れないようにしなきゃ。
なんたって華金なので。あのお姉さんにも私にも、週末は始まったばかりだ。
何かを感じていただけたなら嬉しいです。おいしいコーヒーをいただきながら、また張り切って記事を書くなどしたいです。