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へーレンブーレン#3:生産者と消費者の垣根がなくなり、自分たちの農場になる

オランダのコミュニティファーム、ヘレンブーレンの一員として参加することになった報告をしてから、そろそろ1年が経とうとしている。この1年の変化で大きかったのは、農場でできた野菜をむしゃむしゃと食べるようになったことに加え、野菜づくりの現場を垣間見ることができたことだと感じている。

今回の第3弾のレポートでは、個人的に最も印象に残っている「初収穫」の時のレポートと、組合メンバーのグループ活動を主に紹介したい。

へーレンブーレンとは

その前に、少しだけ前回の記事のおさらいをしておこう。僕が参加することになったコミュニティは、その名を「へーレンブーレン」という。ヘーレンブーレンは、オランダの南部にあるBoxtelという街で数年前に始まり、徐々に数を増やしつつあるコミュニティファームだ。

このコミュニティファームのユニークなところは、一般的な野菜の定期購入サービスとは異なり、コミュニティに参加する者は、協同組合組織メンバーの出資者となって共同でファームを運営している点だ。しかし、実際に日々の農作業を中心になって行うのは、組織が雇うプロのファーマーとなる。

土地の値段が高く、世界的にも集約的農業で知られるオランダの地でこうした仕組みが広がっているのはかなり「奇異」なことだが、農地を確保するためのクラウドファンディングや、全国組織の財団が管理するなどの工夫によって、この特殊な仕組みが成り立っている。もともと、有機農家を増やすための資金貸付制度を応用しているそうだ。

 Herenboeren wilhelminaparkの畑(見学時に撮影)

このへーレンブーレンの仕組みを活用したコミュニティファームは、現在オランダ国内で10か所を超えるまでに(国外にも)広がっている。その広がり方は「草の根」的だ。自分の住むところにもこういうファームが欲しい、必要だという人が集まり、仕組みを学び、立ち上げていく。つまり、現代の農業の現状を憂い、より自然に優しく、自律的な農業と人の関係をつくっていきたいと願う人たちが一定数いることで、広がっているのだ。

協同組合の会議

僕が参加したへーレンブーレンも、まさにそんな動機を持つ数人の人たちの活動がもともとの始まりだ。彼女・彼らの1−2年ほどの活動を経て、2021年3月に組織が立ち上がった。先行するへーレンブーレンや全国組織のメンバーから助けを借りられるとはいえ、ゼロからの立ち上げだ。メンバーを集め、代表グループを選出し、土地を借りる手筈を整え、ファーマーを雇い、開墾し、栽培計画を立てる。協同組合としての経営も色々と手がかかる。やることはたくさんある。

2020年3月以降は、毎月オンラインで会議が開かれ、進捗が議論されていた。どんな人が代表や理事として立候補しているのか、作付けの計画はどこまで進んでいるのか、お金は流れはどのような算段になっているのかが話しあわれ、毎回きっちりとした議事録が届けられる。僕は主にこの議事録をオランダ語から英語に翻訳して状況を把握している。

協同組合なので、全てのメンバーが会員だ。約200家族にそれぞれ投票権がある。とても民主的なのだけど、一方で、民主的であるがゆえに、多くの手続きが必要となる。みんなの畑を持つというのは、聞くだけだと「美しい話」であるけれど、「実際にやる」となると、これだけ面倒なのだなということを感じた。コアメンバーの皆さんの努力には頭が下がる思いだ。

開墾、そして初収穫

6月から、ついに畑が開墾され始めた。元々牧草地だったところなので、開墾することから始めなくてはならない。オンライン会議では、8月ぐらいからの収穫になりそうだと聞いていた。野菜を育てた経験もない自分は、それなりに時間がかかるのだろうと気長に待つモードでいた。ところが、7月の中旬に、突然「来週から配給があります」という連絡が入った。

配給は、農場で行われる。つまり、農場まで野菜を取りにかなくてはならない。自家用車を持っていない僕は、記念すべき初配給に、自転車で行くことにした。距離にして1時間以上。天気も良いし大丈夫だろうと思って出発したが、思いのほか遠かった。途中から急激にペダルを漕ぐ速度が遅くなる。それでも、多くのメンバーたちの努力の成果が結実した記念すべき日であることが嬉しくて、頑張ってペダルを漕いだ。

畑と元牛舎

農園に着いてすぐ、このへーレンブーレンに参加するきっかけとなったアジア系オランダ人のおばさまと出会えた。とても嬉しそうだった。流石に中心メンバーとして忙しいらしく、二言、三言話しただけで、すぐにどこかに行ってしまった。

野菜が配られるのは、元牛舎の建物の中だ。ボランティアの皆さんが、メンバーの名前をチェックし、野菜の量をはかり、手渡してくれる。まさに「配給」感がある。

初めての野菜は、日本語で何と呼ぶのかわからない赤と黄色い茎をもつ葉物野菜(蘭:スナイビート)と大きめの青梗菜のような野菜(蘭:パクチョイ)、3種類ほどのハーブ少量だ。思っていたよりも少なかったけれど、嬉しい。開墾から短期間での収穫にしては上々の出来なのだろう。

受付を済ませ、野菜をもらう

配給場所の元牛舎を出て、少し離れたところにある畑の方にも行ってみた。畑に向かう道で、10歳くらいの男の子と一緒にいたオランダ人の男性とすれ違った。そのお父さんに「もらった野菜、何て野菜かわかるか?」と聞かれ、僕が「家に帰って、検索する予定」と答えたら、すかさず「僕もだ」と返された。

畑は、元牧草地。だだっ広い畑だ。約10名のメンバーが、3か所ほどでせっせと収穫作業をしていた。農作業は、組合で雇う直属ファーマーが中心に担う。しかし、彼らだけで全ての作業を終えられるわけではなく、多くのメンバーがボランティアで手伝っている。初配給の日は特に忙しそうだった。収穫に仕分け、洗浄、受付、野菜の手渡し、駐車場の案内、雑談などなど、いくらでもやることはある。

農場の様子

採れたて野菜を食べる

その夜、早速パクチョイをいただいた。茹でたてをつまみ食い。うまい。採れたて野菜を食べるのは、ほんとうに久しぶりだ。と書きながら、そもそも僕の人生の中で、採れた野菜をその日のうちに食べる経験は、数えるほどしかなかったことに気づく(祖母が自家菜園でつくったトマト、あれは本当に美味しかった)。

名前のわからなかった野菜は、フダンソウだということがわかった。年中収穫できる(不断)からフダンソウと呼ぶらしい。スイスチャードというおしゃれな別名もある。どちらも日本語で初めて聞いた野菜名だ。ネットで検索すると、ほうれん草と同じように扱えば良いとあり、茹でたり、卵と一緒に料理したりして食べた(その後、冬にかけて本当に「不断」に食べることになった)。

さまざまなグループの活動

初配給から間もなく、メンバー用のウェブサイトが立ち上がった。農場での出来事の報告だけでなく、運営のこと、ボランティアのこと、さまざまなサブグループの活動などが閲覧できるようになっている。

今回はサブグループの活動をいくつか紹介しよう。

例えば「野菜」グループは、8名ほどで2022年春から、1年を通してどんな野菜を育て、組合メンバーで食べられるようにしていくのかの作付け計画を練ってきた。へーレンブーレンの畑は、さまざまな野菜をローテーション(輪作)で育てるので、どこに何を植えていくのかを計画・管理しなくてはならない。このグループでは、有機農家を訪れて知識を得たり、メンバーがどんな野菜を食べたいかのアンケート調査も行っていた(ズッキーニが人気だったそう)。2022年の収穫がどんなものになっていくのか、楽しみである。

「フルーツ」グループの人数は、7名ほど。このグループも、果樹園に見学に行き、予算の範囲内で自分たちで管理しやすい果樹畑にするには何を植えていけば良いのかという計画を練ってきた。つい先日、農場の一角に苗木が植えられたところだ。こうして進捗が共有されることで、果物の収穫までの楽しみもふくらんでいく。立派な果樹畑に育っていくまでに、あと数年はかかるはずだが、それまでの経験や時間も楽しむことができるのだ(楽しむしかないとも言える)。

少しユニークなのが「生物多様性」グループだ。このグループは、野菜づくりや果樹づくりを通して、農場の生物多様性を高めるための計画や調査に取り組んでいる。受粉を促してくれる昆虫が増えれば、野菜や果樹にも好影響がある。また、専門家の力も借りながら、今後数年間を通じてどうモニタリングしていくのかの計画も練っているそうだ。このグループには、個人的に何か参加できないかなと思っている。

冬シーズンの配給例。鶏が加わり、卵が配られた

ウェブサイトを通じた作業管理

メンバー用のウェブサイトのもう一つの重要な役割が、必要なボランティア作業の調整と配給のアポイント調整だ。ボランティア作業は、農作業と配給が中心となる。スケジュールと必要な人員数がサイト上で共有されるので、それを見ながら参加できるようになっている。また、野菜の配給も一度に人が集まり過ぎないように、土曜日の11時から14時ぐらいの間のどの時間帯に農場に訪れるのかをウェブ上で申告する仕組みになっている(専用アプリを使って申告することもできる)。テクノロジーの力を借りることで、かなりの省力化が実現できている。

メンバー用サイトの作業日を示しているページ

生産者と消費者の距離が近くなり、垣根が曖昧になる

この記事を書いている2022年4月現在、初めての配給から、半年以上が経っている。野菜をスーパーや市場でのみ購入していた頃と比べると、食べる野菜の量も種類も増えたことは確実だ。そして、実感として大きいのは「顔が見える野菜」を食べていることだ。

へーレンブーレンの野菜は、誰が計画して、誰が作業して、誰が収穫して、誰が運んでくれるのか、ということが丸見えだ。僕自身は、あまり農場のお手伝いはできていないのだけど、積極的なメンバーにとっては、生産者との距離が近いことを通り越して、その境界は曖昧になり、むしろ生産の方に片足以上突っ込んでいる状態だ。まだまだ消費側にいる僕にとっても、生産側の活動がよく見え、多くの人たちが関わって、美味しい野菜が自分のところにやってきていることがよくわかる。ありがたみも大きいので、野菜の多少の変形や虫くいは、まったく気にならなくなったし(スーパーでの買い物では、あいかわらず「きれい」な野菜を選ぼうとしている自分もいる)、料理慣れしていない西洋野菜も、美味しく食べられそうなレシピをなんとか探して無駄にせずいただきたいと思う。赤いビーツは好物になった(ローストしてから皮をむき、カットしてからサラダに混ぜて食べるのが好き)。

小さな頃から「お百姓さんが頑張ってつくった食べ物を……」と何百回言われてきたかわからない。食べ残しはしないようになったが、正直なところ、全くそのお百姓さんの顔は想像できなかった。ヘーレンブーレンの野菜と関わりはじめ、やっと、その姿を想像できるようになってきたように感じる。もしかしたら、この「経験」が、今のところへーレンブーレンに参加して一番良かったことかもしれない。

野菜や果樹がどう育てられるのか。土壌や自然環境とどう関わっているのか。そして、どのくらいの人たちが、どのくらい考え、動かなくてはならないのか。そういうことに無頓着だった僕は、ウェブの力を大いに借りつつも、前より少しだけ生産の現場に想像力をリーチできるようになった。小さな一歩だが、完全に受け身の「消費者」だった頃に比べれば、大きな前進だ。

今年は、コロナ規制もゆるくなり(オランダはなかなか大胆というか先進的というか、現時点では、レストランでも公共交通機関でもマスクをする必要がない)、5月には農園でのイベントも企画されている。家族で参加できたら良いなと思っているところだ。そして、このへーレンブーレン体験レポートも、もう少し頻繁に報告して、未来のコミュニティファームの参考になる知見を整理していきたい。参加型デザインが欠かせないACTANT FORESTの将来の活動にも役立っていくはずだ。

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