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小さな農園の静かなる革命

知人から教えてもらって、最初はそこまで強く興味をひかれたわけではないのに、見たり調べたりしているうちに、大きなターニングポイントとなる。そんなことがたまにある。だから、友人知人が教えてくれることには、なるべく謙虚に注意を向けるようにしている。

今年8月、年配の知人から「君なら興味を持つかもしれない」と、とある農業コミュニティを教えてもらった。早速ウェブサイトを見る。確かに、最近ヨーロッパに引っ越して、サステナビリティやまちづくりについて取材したいと思っていた自分の興味と重なる雰囲気がある。さらに調べすすめると、来週ガイドツアーが行われるらしい。予定もない。新型コロナの感染者数はそれなりに落ち着いてはいたが、それなりの移動距離もある。迷う、しかし、こういう時は「行ってみる」が吉だ。

その農場コミュニティ「ヘーレンブーレン(Herenboeren)」は、オランダ国内で注目を浴びつつあるファーミングコミュニティだ。特徴は、究極の「自律性」と「地産地消」にある。よくある農産物を届けてくれる仕組みではなく、参加メンバーたちが、1家族2000ユーロ(約25万円)という少なくないお金を出資(デポジット)し、組織の一員となり、農産物を育てる。毎週大人1人10ユーロほどの「貢献」と呼ばれる支払いも義務だが、面白いのは、1人のファーマーが雇われ、メンバー分の野菜や果物、鶏や豚を育てるところだ。まさに自分たちで生産し、自分たちで消費する。外に売ることもない。さらに、この仕組みはオープンプラットフォームになっていて、2020年9月現在オランダ国内で8ヶ所が運営されている。そして、良いペースで数を増やしてい流。

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僕が参加するのは、ヘーレンブーレンが初めて立ち上げられた農場(ヘーレンブレンウィルミナパーク)のガイドツアーだ。当日、電車の乗り換えを間違えたのが原因で14時の開始時間に10分ほど遅れた。農場に着くと20名ほどが集まって説明を受けはじめていた。参加者はオランダ人ばかり。40代から60代くらい、夫婦での参加が多いようだ。もう1つ、20名のグループが別にあるそうだから、総勢40名か。無料のツアーとはいえ注目の高さがうかがわれる。説明はオランダ語。オランダに引っ越して間もない自分のオランダ語能力では全く理解できない。もちろん、承知の上で、やってきたのだが。今日は見ること、雰囲気を掴むことに集中する。そう思いながらグループの後ろの方で遠巻きに説明を聞いていると、すぐに気の良さそうなおばさまが英語で話しかけてくれた。「へえ、日本からいらしたの。私はこのガイドツアーによく参加しているから、私が説明してあげるわ」と嬉しい申し出をいただく。ツアーをおばさんとおしゃべりしながら歩いて回る。ガイドの話はそっちのけでおしゃべりに花が咲く。聞くと、おばさまは新しいヘーレンブーレンの立ち上げチームの一員で、このガイドツアーにも毎回参加しているのだという。仲間探しだろうか。

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ウィルミナパークの農地は、約20ヘクタール。ざっと東京ドーム4個分だ。見渡せるほどの土地に野菜の輪作農地、ビニールハウス、豚や牛の放牧、果樹園(鶏が走り回る庭も兼ねている)、飼料用作物が集まっている。この農地を1人のファーマーが管理しているとは驚きだ。もちろん、収穫や保存、運搬など、お金を払って外部サービスも活用しているし、メンバーもボランティアで収穫や配給の手伝いをする。それでも、原則メンバーに農作業の義務はなく、彼ら/彼女らは毎週収穫物を取りに来るだけで良い。このように1人のファーマーが農作物から果樹、動物の世話までを手がけるのは、農業大国オランダといえども珍しいことだそうだ。

この日のツアーは、約2時間。ツアーの終着地、プレハブの作業小屋の近くでは3−4名の青空お茶会が始まっていた。今日、個別ガイドをしてくれたおばさまの仲間たちだ。ほとんどのツアー参加者は足早に家路についたが、僕はせっかくなので温かいインスタントコーヒーと手作りのクッキーをいただく。おばさまたちは、新しいヘーレンブーレンを立ち上げるためにもう2年以上も準備に費やしてきたそうだ。土地を見つけるのとお金の工面が難所だという。「いくらお金が必要なのですか?」と聞くと「(日本円で)3億円くらいかしら。高いわよね。あなたの会社が払ってくれてもいいのよ。ほほほ(笑)」と冗談を飛ばしてくれるのは良いが、大丈夫なのだろうか。ヘーレンブーレンの基本サイズと言われる200家族が2000ユーロを出資したとしても到底及ばない額。その後関係者にも聞いてみたもののヘーレンブーレンが土地問題をどう解決しているかは、明確にわかっていない。全国組織が主導して土地管理用の財団をつくるなどしているようだ。

日本でいえば九州ぐらいの面積に約1700万人が住むオランダは、土地の値段がとても高い。何しろ国土の20%以上が13世紀以降の開拓で「造り出された」土地だ。規制も多いため、農業用地を手に入れることも困難が伴う。それでいて、オランダの農業輸出額はアメリカに次ぐ。世界第2位の農業大国だ。つまり、世界最高レベルの集約農業を行っていることになる。オランダ農業が特集された2017年9月号のナショナルグラフィック誌の写真で、見渡す限り一面に「ガラス温室」が立ち並ぶ風景に度肝を抜かれたことを思い出す。

一般的なオランダ農業と比べると、ヘーレンブーレンはかなり特殊な存在のようだ。みんなで仲良く農作物を分け合う牧歌的なコミュニティというだけではないのだ。家に戻り、ヘーレンブーレンのネットリサーチを進めていくと創設者のインタビュー記事と音源に行きあたった。


彼はこの数十年ほどで大きく発展した近代農業の課題について語っていた。大量の農薬や化学肥料を使い、生産性を高め、そのための補助金制度やフードチェーンの仕組みが整っていった。戦後の飢餓から始まったオランダ農業はめざましい発展を遂げたが今、大きな問題を抱えている。過剰な集約農業で土壌が劣化し続け、作物にも、環境にも、そしてそれを食べる人間にとっても良いとはいえない状況に陥っているのだ。彼は、農業エンジニアとしてその現状を変えようとして20年近く活動してきたが、挫折ばかりだったそうだ。それで「もう農地をローカルコミュニティの手に戻すところから始めるしかない」とヘーレンブーレンを始めたという。おそらくそこには近代農業を正面から変えられないという諦めもあったはずだ。それが、少しずつ人々の注目を集め始めている。世界第2位の農業大国の中の小さな農園で静かに革命が広がり始めているのだ。

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先日、お世話になったおばさまから「私たちのヘーレンブーレンがついに来年春から始まる予定です。会員登録の意志がある場合は書類にサインして送ってください」とのメール連絡が入った。僕が住んでいるところからも通えない距離ではない。これは乗るべきだ。来春、おばさんたちが長年の苦労の末に見つけた新しい農地に僕も立っているはずだ。

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*なお、こちらにもこの時のことを書いています。ご関心を持った方には、ご覧いただけると嬉しいです(部分的に内容が重なる箇所もあります)。


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