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イサム・ノグチ遺作[TIME AND SPACE],イサム・ノグチ庭園美術館

 「いつもの島旅」の拠点は高松なのだから、高松市牟礼町のイサム・ノグチ庭園美術館に行こうと思っていて、しかしなかなか叶わなかった。

 一般公開が火・木・土曜日の各1日3回で、完全予約制(ウェブサイトには「往復はがき」とあって一瞬たじろぐが、メールでも予約可能だ)。

 こちらには、旅程のなかで最も天候のいい日に島に行きたい、という思惑がある。週間天気予報が出たあとで予約申し込みをしても、すでに定員に達していることが続いていたが、今回やっと予約が叶った。

■遺作「TIME AND SPACE」(高松空港敷地内)

 美術館の話の前に。ノグチの遺作が高松空港の敷地内にあるという。空港リムジンバスの車窓の風景に見覚えがあったので、記憶を頼りに行ってみた。

 大荷物を持ちながら、空港駐車場のフェンスを越えて近づくには、これが限界だったのだけど。つぎに訪れる際、もし快晴で、そのとき荷物をあたりに放置して近づけそうな状況なら、ぜひ近くに行ってみたい。

■イサム・ノグチ庭園美術館

 美術館からの返信メールに、駅からの案内を示すPDFが付いていた。最寄り駅から徒歩20分。基本的に、一直線に歩いていけばよいのだが、曲がるところを誤ると迷いそうだ。その地図にも示されていた、電柱などの庭園美術館の案内表示が頼りになった。

 写真撮影は不可なので(それでよいと思う)、図録とパンフレットの接写を失礼しながら。

石壁のサークル内に広がる宇宙

 イサム・ノグチは1956年にはじめて庵治石の産地であるここ、牟礼村を訪れた。69年にはこの地をアトリエと定めて、石の作家である和泉正敏をパートナーに、約20年の制作活動を続けたという。

 見学者は受付を済ませ、注意事項などを聞いたあと、スタッフに引率されてエリア内へ。きれいに掃き清められたとわかる私道はすでに、凛とした雰囲気を放っていた。聞いてみると、見学が終わったあと、また掃いて、つぎの見学者を迎えるという。

 こちらが、パンフレット掲載の屋外展示と蔵。説明のあと、30分ほど自由見学となる。作品制作に使われた石は海外から持ち込んだものが多いが、スペースをぐるりと囲む石垣は、地元の石で作られている。ノグチ氏はこの空間を「マル」と呼んだ。

 敷地内に遺された150点の作品は、サインの入っているものが完成作品、ないものは未完。しかし、イサム・ノグチは、(作品は)最後は自然が完成させる、という意味の言葉を遺しており、「これらの作品は、いまも完成に向かっている」というスタッフの説明には説得力があった。

 辺りは本当に静かだった。グループで訪れた人々も、沈黙してしまうような雰囲気に満ちていた。この感じはどこかで経験したことがある、と感じていたのだが、それは、大聖堂や、神社仏閣といった宗教施設に似ていた。

 静けさのなかで、かつてはノグチ氏のふるう鑿の音だけが響いていたりしたのだろうか、と空想した。

丘の上の彫刻庭園に佇む

 見学の後半は、ノグチ氏の私邸と、裏山にあたる急こう配の丘の上の彫刻庭園だ。

 私邸は、隙間から覗き込む感じの見学になるのだが、オリジナルを前に「この感じは、イサム・ノグチみたい」と感想を漏らしたくなるほど、作家の世界観にぴったり寄り添う雰囲気に満ちていた。生活臭の感じられるものは、普段は箱にしまい、必要なときだけ出したという。

 裏山は公園になっている。かなり急で、頂上からは瀬戸内の海まで見渡せる。作家は花見や月見を、この丘で楽しんだ。

作家の気配がそのまま残る

 イサム・ノグチは約20年間、1988年までこの地とニューヨークを往復しながら制作し、また戻ってくると言い残して旅立ってそのまま戻らなかった。88年12月30日没。

 庭園美術館は99年に開館した。

 それから決して短くはない年月が過ぎているというのに、この「気配」は何なのだろう? 今にも、蔵からノグチ氏が現れそうな。あるいは、「先生はもうすぐ戻ります」と言われれば、信じてしまいそうな。

 それは、ノグチ氏の存命のときから、この世界観を理解し、大切にし、守り抜いてきた人々がいるからではないか。

 創り上げた世界観をそのまま維持するのは、相当に大変なことだと思う。年月が経つうちに、変わっていくこともあるだろう。ただ、遺されてその世界を大切だと信じる人たちは、信じたことを愚直に守る。

 これは、まさに宗教に似ているようにわたしには思える。そして、「マル」のなかで感じた、まるで宗教的な場所のようだという直観は、あながちズレてはいなかったのかもしれないと感じている。

 聖なる場所にいくと何かを感じ、目に見えないものを信じる気持ちがわかる気がする。そんな雰囲気に満ちていた「マル」の中の空気を、今もなつかしく想う。

 

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