見出し画像

左手サンドイッチ[私小説/ショートショート]

 娘がカーペットに仰向けに寝そべっている。すると、おもむろに左手を天井へと伸ばし、手のひらを顔の方に向けて、それをじっと見つめ始めた。と思えば、まるで数字を数えるように、左手の指を一本一本、右手の人差し指でさしていく。小指から順に指さし。これを何度も繰り返している。
「…………」
小声で何かを言っている。が、今の距離では聞こえない。気にはなるが、私は昼食作りを続けよう。息子の離乳食は先に作って冷ましてあるので、娘のご飯を作らなければならない。
「…………」
今日はオムライスにしよう。とは言っても、ミックスベジタブル入りのケチャップライスを作り、二歳の娘もスプーンで食べやすいようにスクランブルエッグを乗せる、子供騙しのオムライスもどきだ。先にスクランブルエッグを作ろう。十一ヶ月の息子も手づかみで食べられる。
「…………」
まだやっている。気になる。ひとまずフライパンを用意し、ごく少量のオリーブオイルを引き、卵を割入れ、牛乳も加える。ズボラ人間なのでフライパンで直接卵を溶く。そして強火でササッと炒めて、あっという間にスクランブルエッグができた。
「…………」
変わらず小声でボソボソと何か呟いている。手の動きも続いている。何をしているんだろう。とりあえず、再びフライパンにごく少量のオリーブオイルを引き、今度は冷凍のミックスベジタブルを入れ、水を少々加え、中火で熱する。水気が飛んだらケチャップを入れ、少し炒め、白米を入れ、また炒める。あっという間にケチャップライスができた。
「…………」
気になりすぎる。だが、それを知る前に、器に娘のオムライスもどきを盛り付けた。横に小皿を置き、茹でたブロッコリーを乗せ、マヨネーズをかけて置いておく。あっという間に娘の昼食ができた。
「…………」
娘に近づいていく。すぐ傍に立ったものの、中々の小声で、まだ何を言っているかわからない。思い切って一緒に寝そべってみる。やっと聞こえた。
「……パン、きゅうり、ハム、パン、パン、パン、きゅうり、ハム、パン、パン、パン、きゅうり、ハム、パン、パン……」
今朝作ったサンドイッチの具材だった。
 左手の小指を指さし、
「パン」
薬指を指さし、
「きゅうり」
中指を指さし、
「ハム」
人差し指を指さし、
「パン」
親指を指さし、
「パン」
と言うのをずっと繰り返している。その様子を数分間ほど眺めて、
「何してるの?」
思い切って聞いてみた。
「しゃンドイッチ作ってるの」
やはりサンドイッチだった。そして私にやかりやすいように、ゆっくりやって見せてくれる。
左手の小指を指さし、
「これがパンで」
薬指を指さし、
「これがきゅうりで」
中指を指さし、
「これがハムで」
人差し指を指さし、
「これがパンで」
親指を指さし、
「これがパン」
そして左手全ての指を右手で掴み、
「しゃンドイッチ」
と得意気に言って見せてくれた。言いたいことはわかる。わかるけれども、
「パン一個多くない?」
「うふふふふふふふ」
めちゃめちゃ笑われた。
「パン一個多いよね?」
「うふふふふふふふ」
やっぱり笑われた。
「やっぱり多いよね?」
「多くないよ……ふふふふふふふふふ」
すごい笑うじゃん。
「最後パンの上にパン乗せてるよね?」
「ふふふふふふふふふ」
気づいてるじゃん。
「パン一個減らした方がいいよ」
「パン多くないよ」
急に真顔になり、この期に及んで否定してきた。今までの笑いは肯定では無かったのか。
「だって見てよ?」
私も同じことをやって見せる。まず左手の小指を指さし、
「パン」
薬指を指さし、
「きゅうり」
中指を指さし、
「ハム」
人差し指を指さし、
「パン」
親指を指さし、
「パン」
そして人差し指と親指を改めて交互に指し、
「これとこれ、パン。どっちもパン。パンの上にパン」
「あはははははははははははは」
大爆笑だった。やはり気づいていた。
「どっちか減らした方がいいよ」
「うはははははははははははは」
笑いが止まらない。この気持ちを抱えたまま、この動作を繰り返し続けていたのだろうか。もどかしくなかったのだろうか。
「最後のパンいらないんじゃない?」
「いるの!」
また真面目な顔つきになった。どうしても譲れないらしい。すると続けて、
「これ、」
と言いながら私の人差し指をさしてきた。
「レタしゅ」
レタス?
「レタしゅなの」
人差し指のパンがレタスに早変わりした。あんなに、パン、パンって連呼していたのに?しかしサンドイッチとしてのバランスは良くなった。娘は改めて左手を掲げた。まず左手の小指を指さし、
「パン」
薬指を指さし、
「きゅうり」
中指を指さし、
「ハム」
人差し指を指さし、
「レタしゅ」
親指を指さし、
「パン」
そして左手全ての指を右手で掴み、
「しゃンドイッチ」
言い終えて、すぐ立ち上がり飛び跳ねる。
「できたー!!」
これでできあがりらしい。ということは、やはり今までできあがってなかったのか。パンにパンを乗せる行為が腑に落ちず、葛藤を抱えたまま何度も作り直していたのかもしれない。私も起き上がり娘に伝える。
「お昼ご飯もできたよ。オムライスだよ」
娘が振り返る。
「しゃンドイッチは!?」
両目を見開き、信じられないとでも言い出しそうな顔をしている。
「朝食べたでしょ?」
「しょうだった!」
サンドイッチ作りに夢中になりすぎて、サンドイッチを食べる気満々になっていたようだ。
「明日サンドイッチ食べる!」
「いいよ、明日の朝ね」
「やったー!!」
再び飛び跳ねる娘を見ながら私は思った。明日のサンドイッチにはレタスを入れよう、と。

■■■

◀︎◀︎ 前回の私小説

― 私小説集(マガジン) ―



サポートしていただけましたら、子供のために使わせていただきます。