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寒空のバッティングセンター〈ショートストーリー〉


あたしにとってバッティングセンターは

バッティングをする場所ではない。




三寒四温の三寒は、春を見ながら冬の中にいるようだ。

迷った結果、厚手のコートを選んでよかった。

都会のど真ん中、

ビルの屋上にあるこの古いバッティングセンターは、

暖房なんてきいてないしやっぱりすこし寒い。




1ゲーム15球のバッティングを終えて、

後ろのベンチにどかっと座る。


ここにいる義務を果たして、

ここにいる権利を得た。





水筒に入れて持ってきたあったかいレモンティー。

コップから出ている甘酸っぱい湯気越しに、

ターゲットを探す。





ふと気になって、

コンパクトを出し、

しっかり時間をかけて仕上げたナチュラルメイクと、

つくりこんだ無造作ヘアを確認する。



よし。だいじょうぶ。



ターゲット、ターゲット。

全部で10あるバッティングスペース。

平日の夕方なのに4人もバッティングしてる。

できる限り美しくボールを打つ人がいい。

そうじゃなきゃいけない。




いた。

サラリーマンかな。

スーツのまま、さっきからいい音を鳴らして打ち続けてる。

打った球のほとんどが天井近くのネットを気持ちよく揺らす。



よし。

彼にしよう。



1つ右のベンチに移動して、

彼の打つ瞬間が見える位置を陣取る。



そのときちょうど、

彼の15球が終わってしまった。



うーん…



もう1ゲーム、お願い!と念じて、

あたしは別のことに集中する。



目を閉じて、深呼吸しながら今の私のすべてを心臓あたりの一点に集める。



目を開けると、サラリーマンがちょうど次のゲームのお金を機械に入れている。



よし。


お願いします、と言いながらさらに集中する。





シュッと吐き捨てるかのように機械から出た球は、

サラリーマンの体に吸い込まれ、

なめらかな腕の動きと衝突する。

 



かきーーーん。




はじまった。




一球、一球、

飛んできては飛んでいく球のすべてを見ながら

あたしはできるだけ鮮明に思い描く。




「弟が修学旅行のお土産でくれた、剣に龍が巻き付いたキーホルダー」 


「小さな頃から使っているスヌーピーのお弁当箱」


「箱がボロボロになるくらい観ている古畑任三郎のDVD」

「だいすきなおばあちゃんからもらったアニエスベーの腕時計」



まずは彼が「ダサっ」と笑った

私の大切なモノたちを思い浮かべて球に乗せる。



きれいなフォームで打たれた球は、

鮮明な音を響かせ、架空の空へと飛んでいく。



私のたいせつなモノたち、

誰の批判も蔑みも届かない場所に飛んでいけ。



次は、彼が「くだらない」「やめたほうがいい」と

言った、私の性質を球に乗せる。




「歩きながら花や道や空と話すクセ」


「身の回りのすべてのモノに名前をつけていること」


「ハンターハンターの念能力を日常に落とし込む努力をしていること」


「悲しんでいる人を見ると意思とは無関係に涙が流れること」


「切な過ぎて他人の靴下を見れないこと」




大丈夫。

変でくだらない性質たちかもしれないけど、

そのままでいい。

球に乗って避難しててね。



あと5球だ。



次は、私とは対に感じる彼の性質を球に載せる。

付き合ったばかりの時には見えなかったけれど、

少しずつ浮き出てきて知ってしまったものたち。



「他人を自分より上か下か常に測る謎のスケール」


「普通は、当然、当たり前にという枕詞」


「他人をダサい、くだらない、と平然と口にできる想像力の乏しさ」


「何も創らないのに批評だけは偉そうな図太さ」



最後の一球。

あたしは息を大きく吸った。



最後に載せるのは、

あたし自身!




かきーん、という音と一緒に

あたしも「寒空」に飛んでいった。




胸はドキドキしてるけど、頭はすっきりしている。



時計を見ると18時半過ぎ。

彼との待ち合わせにはちょうど間に合いそう。



マフラーをぐるぐる巻きつけながら、

「サラリーマン、美しい打球をありがとう」

とつぶやいてベンチを立つ。



よし。大丈夫。



今日、別れよう。



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