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「#4 火葬場の食堂でも大盛りにできる」



 身内に不幸があり葬儀に参列するため京都へ向かった。
 亡くなった人物の生き方や人柄もあって、葬儀は悲しみに暮れるようなものではなくどこか温もりに満ちたものだった。
 通夜の終わった夜に紹介されたホテルに向かうと、叔母さんにあたる姉妹とも同じホテルであることが分かった。若い頃はミスコンテストで優勝した経験もあり未だに凛として気品のある姉と、今でも現役でスナックのママをしている妹というパワフルな二人で、通夜の席でも何だか姉妹は主役のような存在感を放っていた。
 僕がまだ二十歳ぐらいの頃に何かの集まりで顔を合わせたことがる程度なのだが、ホテルが同じだと分かると「あら麻人君、同じなのね。じゃあ帰り部屋に戻る前に何処かでお酒でも飲んで帰りましょう」と、翌日は朝から葬儀なのだがホテル近くの居酒屋に三人で行くことになってしまった。

 店を探し歩いていると、「もうここにしましょう」と姉は突然一人で店に入って行き、席に通されてから「ところでここは何の店なのかしら?」と店員に尋ねた。妹はそんな姉を見てガハハハッと海賊みたいな笑い声をあげるだけであり、これは大変なことになりそうだと恐怖を感じたがもう遅かった。姉は自分が注文していない物が運ばれてくる度に、「これは何?こんなもの私は頼んでないわよ」とバイトの女の子に詰め寄り、慌てて僕や妹が頼んだものだと伝えると「あら、それならいいのよ」と、悪びれもせずまた酒を飲み進める。その後もバイトの女の子にグラスビールのグラスが小さ過ぎると文句を言ったり、赤ワインを一口飲むとまた呼びつけ「これは赤ワインとは言えないわよ、アナタ」とぴしゃりと言い切るなど、姉は大衆居酒屋でずっとデヴィ夫人のように振る舞っていた。
 妹はその光景を目の当たりにしてもやっぱりビールジョッキ片手にガハハハッと海賊みたいな笑い声をあげているだけなので、問題が起こる度に僕が店員に謝る羽目になった。これだけ好き勝手やっていたら店員に嫌がられそうなものだが、姉はテーブル脇を通ったバイトの女の子を呼び止め、「それよりもアナタ、さっきから思ってたんだけど可愛い顔してるわね」なんてふいに言い出すお茶目な部分も持っているので、最終的には店員みんなと仲良くなっていた。
 2時間ほど飲んだ後に姉妹はカラオケに行きたいと言い出したが、一応明日は朝から葬儀なのでそろそろホテルに戻った方がいいのでは、という僕の進言を渋々聞き入れてもらい何とか阻止することに成功した。帰りの道中、ほろ酔いの姉は「あなた、腕を組ませなさい」と僕の腕を取り、「ちょっとずるいじゃない」と妹にもう片方の腕を取られ、ホテルまで仲良く3人で腕を組んで帰った。

 翌朝8時の集合時間になっても待ち合わせ場所のロビーに姉妹は現れず、僕は迎えの車が待つエントランス前の駐車スペースと、ロビーの間を慌ただしく動き回っていた。迎えの運転手に「すいませんもうすぐ来ると思いますんで」と謝りロビーに走って戻り、まだ現れない二人を急がせる為ホテルスタッフに部屋へ電話をかけてもらうが繋がる気配はなく、そしてまたその状況を伝える為に車まで走った。そんな往復を繰り返す間に集合時間からは20分が経過し、もう出発しなければ葬儀場全体の予定に支障をきたすというギリギリのタイミングで、なんとロビー脇の朝食ビュッフェ会場から、満足そうな表情を湛えた姉妹がゆっくりと歩いて来たのだ。
 時間がないと急いで車に誘導する僕に対して、姉はフレンチトーストが非常に美味しかったと喋り続け、妹は途中でコンビニに寄って欲しいとわがままを言っていた。 

 葬儀場で僕等を待つ親戚達は姉妹ならこの程度は想定内だという感じで、特に遅れた理由に言及することなく葬儀は始まった。出棺を終え遺体を乗せた車の後に続き火葬場まで移動し、火葬炉で最後のお別れをした後、骨上げまで1時間以上かかると言われまた親戚一同で休憩室に移動した。休憩室は大きな学食のようで、食券を購入してレジカウンターまで持っていく仕組みになっていた。すでに昼過ぎになっており、朝からバタバタしていた僕はコーヒーでも飲もうと券売機に向かった。
 喫茶店のような軽食メニューのボタンが並ぶ中で、うどんやそばの隣に「大盛り」と表示されたボタンを見つけた。

 大盛り・・?・・火葬場の食堂で?

 確かに骨上げまでは1時間以上かかり、僕のように朝から食べる間も無く動き回ってる人もいるだろうが、大盛りというのは些か慎み深さに欠けるのではないだろうか。空腹の状態はあまり良くないので、一旦お腹に何か入れて万全な状態に整えておくという程度がいい気がする。僕が故人であったら、一度も会ったことのない参列者もいるかも知れないが、それでも火葬を待ってる間はあまり食べ物が喉を通って欲しくない。カツカレー大盛りなんて頼まれた日には、「君まったく何も感じてないよね?飯食いに来てる?」と聞きたくなるし、お腹いっぱいの状態で骨上げに参加する奴がいたら、「お前ちょっと眠なってるやろ?後、喪服の袖口にカレー付いてるで」と注意したくなる。
 
 コーヒーの食券をカウンターで店員に渡すと、「わー!これ美味しそう!」という子供の声が聞こえた。右下を向くと小さな女の子が立っており、目の前のテーブルにはフルーツサンドの食品サンプルが置かれていた。イチゴ、キウイ、オレンジ、色とりどりのフルーツがたっぷりのクリームでサンドされたスイーツを目の前に女の子は目を輝かせていた。それはさっきまで泣きながらお別れをしていた親戚の女の子だった。
「やり過ぎやな。もう楽しい気分にさせてしまってるやん。この子が抱いてくれてたさっきまでの悲しい気持ちを返してくれよ、吹き飛んでんぞ。いや、この子悪ないねん。フルーツサンド用意した君らが悪いねん。流行りを取り入れる場所ちゃうやろ。あ〜あ〜もうみんな女子達がキャッキャッ言うとるわ」

 骨上げを待つ間に僕の体を借りた故人がずっとボヤき続け、朝食ブッフェで満足した姉妹は優雅にコーヒーを啜り窓の外を眺めていた。

 #4.5 火葬場の食堂にもフルーツサンドがある

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