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「#18 店員が焼いてくれてるので会話できない」



 東京のお好み焼き屋では客が自ら鉄板で焼くパターンが多いらしいが、各テーブルに鉄板の設置されている大阪のお好み焼き屋では、基本的には厨房で焼いてくれたものを持って来てくれるか、テーブルの鉄板を使い目の前で店員が焼いてくれるパターンが多い。
 持って来てくれる場合は、テーブルの鉄板を使い最後までお好み焼きを熱々の状態で食べられるだけなので問題ないが、店員が目の前で焼いてくれる場合だと、知らない人が目の前にいるという状況に、僕は持ち前の人見知りを発揮してしまう。

 まずお好み焼き屋のテーブル席に一人で座ることはないので、友人や後輩や恋人など、誰かと鉄板を挟んで座ることになる。注文を済ませ、たわいもない会話を楽しんでいると、「失礼します」とタネの入ったステンレスのボールを持った店員がやって来る。
「こちらで仕上げまで焼かせていただきますね」という店員の笑顔に会釈で答え、こういう状況になるのはわかっていながらも、「うっ…」という精神的な圧迫をすでに感じてしまっている。必要以上にグラスの水を飲んだり、おしぼりを何度も畳み直したり、割り箸の位置を細かく修正したり、平静を装う為の所作が、逆に挙動不審になってしまっている。

 店員がお好み焼きのタネをスプーンで混ぜ合わせる金属音だけが、「カッカッカッカッ!」と鳴り響くテーブル席で、気まずい状況の時に一番やってはいけない「口笛を吹く」という行動を起こしそうになる。こういう時に口笛を吹くと、口笛の音色に乗って気まずい空気は辺りに蔓延するし、その口笛を聞くことにより、何も感じてなかった人にまで「あっ、今ちょっと気まずい感じなってるんや」と認識させてしまう。
 さらにはそんな時に限って向かいに座る恋人などが、「それでさっきの話の続きなんだけどさぁ〜…」みたいな感じで普通に喋りかけてくる。
 「いや今店員おるから喋りかけてくんなや!」と指摘する訳にもいかず、神経は店員に向けながら気のない相槌だけを繰り返す。こちらが「ふ〜ん..」とか、「確かにぃ..」とか「なるほどねぇ..」などの万能な返事で、店員が一旦テーブルを離れるまで凌ごうと考えてるのに、「なぁっそれってどう思う?」とこちらにちゃんと意見を求めて来たりする。

「それでは蓋をしてしばらく蒸しに入りますので、焼きあがる頃また仕上げに参ります」

 ここで店員が席を離れ、店員がいる時にあまり喋りかけて来ないよう相手に伝えると、「えっ普通じゃん、なんで?」と全く意に介していない。20代のまだ若い頃は、自分が人見知りで臆病者なだけなのに、「こんながさつな女どうせ部屋とかも汚いんやろな」なんて呆れたりしていた。
 たまに珍しいパターンで、そういう空気に敏感なタイプの店員が自ら喋りかけてくれることがある。
「今日はどこから来られたんですか?」などとお好み焼きを焼きながら聞いてくれるのだが、こちらが答えてもあまり店員が情報を持ってない場合「そうなんですねぇ〜」と、それ以上会話が続かずに終了してしまう。

 慣れてへんことすなや!なんで喋りかけて来てん、逆に気まずい空気流れてもうてるやんけ!おいっ、なに焼きに集中してますみたいな顔作ってんねん、喋れよ。お前が作った空気やぞ、それまで普通やってん、キャスト側が気まずくすなっ!
 そう思いつつも何も言えない僕は、無言で焼きに集中しているフリをした店員の隣で、さらに自身も平静を装うため、もう見慣れたお好み焼きの姿を今さらちょっと身を乗り出して眺めたりしてしまうのである。

 何よりそんな風になってもなお、今日お好み焼きとか焼きそばとか粉もんが食べたいなぁという衝動に駆られてしまう、ちゃんと関西出身の自分が恥ずかしかったりする。
 でも、絶対食べにくい筈なのにお箸を使わず、頑なにコテを使ってお好み焼きを食べる人とは友達になれない。
 

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