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ひたむきにやり続ける姿が、チームの目標に育ってくることを教えてくれた

今も続けていますが、学生時代に一番のめりこんでいたテニス部での経験。

強いと評判の学校ではなかったが、2年3年とかかって、チームメイトとケンカしながら、新入部員が残る人数も少ないなど副作用もありながら、ストイックな部活に変身していき、団体戦(シングル2つ、ダブルス1つ)で勝つ!こと、チームで勝つことが共通の目標なっていった話。

かれこれ20年以上前の話だけれども、今でも鮮明に記憶に残っているし、後悔もあるが思い出すと胸が熱くなる思い出。

テニスとの付き合いかた

小学生からスクールで公式テニスを始めて、中学でも軟式にいかずスクールでやり続けた競技。他のスポーツは可もなく不可もなくで、運動神経のいい万能タイプではなかったので、上手くできるテニスへの思い入れは、とても強かった。

当時の小学校・中学校では、遊びや話題が豊富な人が人気者で、私はそれが得意ではなく、平凡な学生だった。でも、テニスの場では、自分の中の情熱とある程度うまかった方なので、今思えば人気者気分を味わえたのも、大きな情熱を持てた要素だったかもしれない。

高校に入り、学校で公式テニスができる環境になり、やったぜ!と思っていた。はじめこそ、高校生になったことで遊べる場も増えたこと勝てなかったこともあるが、すぐにテニスに集中していった。

高校時代にやってきたこと

1人目の仲間をつくった

最初は、強豪校ではなく、どちらかというとサークルみたいな雰囲気だった。そこには、同じスクールにいたとてもうまい先輩がいるのを知っていたので、一緒にやれることを楽しみにしていた。

けれども、あまり部活にきていないらしい。周囲と本人に直接聞くと、周囲は「うまいけど、あまり来ないから、チームメイトって感じじゃないよね~」。本人は「上手い下手ではなく、勝つ気持ち・やる気がないから、楽しくないんだよね」という状態だった。

私も勝ちたい、たくさん試合がしたかったので、もっと練習やりましょうよ!😡という雰囲気で、部活に参加していた。だけど、当然周囲からは受け入れられない。だから、「先輩と一緒にテニスしたいし、部も変えていきましょう!」みたいなことを言って、部活にくる頻度を上げてもらった。

すると、自然と練習の私と先輩がやるときは、練習のレベルが自然とあがる。その時間と機会が増えると、周囲にも対抗意識が芽生える。幸い、「いじめてやろうぜ」のような人や雰囲気にならなかったので、良い方向に働いた。これは幸運だったと思う。

2人目・3人目の仲間もできてきた

試合は上級生や出席多い人が出るルールみたいなところがあったので、不満はありつつも、来年を見据えて野心を持ちながら着々と連休を続けていた。するとそれが、3か月くらい続くと周囲の腕も上がってくる。腕が上がってくると、楽しくなるから、練習する。このサイクルができてきて、ストイックに練習する仲間が2、3人になり、そのあともちょっとずつ増えて、ひと固まりになった。

この辺りで、年度が替わり世代交代になり、バシバシプレーするメンバーが多くなり、「勝ち」が意識できる状態になり、さらに意識がもう一段あがった。

ここからは、「勝つ」目標を決めて、思いをひとつに、みんなにとって大事なものに育てていくステージになった

実際の試合は、勝ち・負け両方あるが、勝ったら超うれしい!!!、負けたら超悔しい・・・を繰り返しながら、階段を登る段階だった。途中、試合に出れないだろうと悟ってやめてしまった人もいたが、その当時は「チームで勝つ」ことが勝って、「残念だけど、してあげられることがないな・・・、しかたない」と割り切っていた。

また世代交代の時期が来るのはわかっていたから、来年勝つためには自分だけでなく、チームメイトにも後輩にも強くなってもらう必要があった。だから、自分たちの練習時間に加えて、後輩育成にしっかり時間をとって力を入れた。

新たな新入生が入ってくる。すでに練習は厳しい状態だった。すると、当然残るのは、本当にやりたいと思っている人だけになった。より練習も、意識もそろえやすくなった。
(今でも悩むが、強い集団を作るには必要なことだったと思っているが、逆に言うと、そうじゃない人を排除してしまう仕組みを作ってしまったか?と思い悩むことがある)

「勝つため」に、練習する、話し合う、ぶつかり合う、協力することが、当たり前のことになっていき、心技体すべて自分たちのできる最大限を尽くして、整えることができた時期だった。

結果は・・・

目標としていた大会での優勝という結果に辿り着くことができた。

嬉しいことに、この効果は、私の世代がいなくなってからも3年ほど続いたらしい。

20年たっても思うのは、私自身の勝手な強い思いが一部発端となって、強い部活・価値を目指す部活・ストイックな部活になっていったが、当時結構な怖いもの知らずだった私の「声が大きい」ことを押し付けすぎたのではないか??と悩み、良かったことなのか悪かったことなのかわからない。

その当時の仲間とは、極たまにしか連絡しない状態であることも、悩む原因の一つ。将来目指していた分野も、それぞれ異なるし、趣味も異なったので、仕方ない面はある。


ただ、趣味嗜好が違ったとしても、あの数年間「大会で、チームで勝つ」という目標を共有できていたことだけは、間違いない。

社会にでると、学生時代以上に、思いはそれぞれだし、抱えている事情もそれぞれだ。だから、こんな風なサクセスストーリにならないことが多い。成功の復讐かもしれないが、このこびりついている記憶と体験で失敗したこともある。

得られたものは間違いないが、これからの人生で似たようなもの、それ以上の関係・絆をつくっていくのが、夢なのかもしれない。

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