コノスバラシキセカイ
【まえがき】
いまだにnoteの使い方をマスターしていませんが、このマガジンという形式、雑誌とそのまま解釈するなら色んなコンテンツがあっていいはず。たとえば連載小説とか。連載はスキル的にあれなので読み切り小説を書いてみようと思います。史上初のネーミングマガジンに相応しい史上初の「ネーミング小説」です。もし史上初でなっかたら教えてください。その方と友達になります(笑)
それでは、はじまり、はじまりぃ~
なんだろうこの眩ゆさは。陽はとうに傾きかけているはずなのに…
屋内との明暗差にやられたのか。いや、たった今出た病院は光ファイバーなんちゃらを駆使し自然光を採り入れたとかいう明るい作りになっていたし、カリスマ・デザイナーさまが手がけたという内装はむしろ煩いくらいの色彩を放っていた。
…デザインコンセプトは「生命力」だっけ。デザイナーさまへの密着番組でそう言っていた。たしかにあれなら死人でも生き返りそうだ。
なぜそんな場違いな場所に行ったりしたのかといえば、たまたま市が指定した35歳検診の指定病院リストの中にあったから。なにより自宅から最寄りだったし、検査可能項目や検査機器の一覧でも「◎」が一番多かった。
メディアに何度も取り上げられる中で「名医」の二文字を見たかどうかはとんと思い出せないが「最先端のハイテク設備」というのはデザイナー名と同じくらいフィーチャーされていた。どうやら駐車場で見かけたよその地域ナンバーのクルマの主のお目当ては、カリスマシェフと提携したという病院グルメだけではなさそうだ。旅行会社ともつるんで「メディカル・ツアー」なんてのを催してアジアの金持ちたちを呼び寄せるという。
『コラボ』
夕方のニュース番組で特集されていたときはやたらとこの単語が踊っていた。それと…
『まさかの!』
『意外な関係!』
『衝撃の結末!』
『完全保存!』
『メディア初登場!』
きっと放送局のシステムの中にはこんな名前のボタンが20個くらい並んでいて、それらを順繰りにクリックしていくだけでテロップの編集が完了するにちがいない。実際の世の中もその20個のボタンで出来ているのかもしれない。推すのが神様か他の誰かという差でしかない。
いまや地層の下の方へと追いやられた漱石やシェイクスピアなんかはすでに化石化がはじまっているのだろう。映画『バックトゥザフューチャー』で改変された過去に連動してフェイドアウトした家族写真のように、存在そのものが最初からなかったことになりかけているのかもしれない。
人間の成長過程の脳は言語による刺激で発達するというから人間はコトバで出来ているとさえいえる。そう考えると、ここ最近コトバに起こっていることは人類文明崩壊への序曲ではないのか…な~んて、おれはPTAとか時代遅れの教育評論家か。
「最近の若い者は…」というため息の初出は古代エジプトにまで遡るというから、時代に対する憂いの多くは単に「節目」ごとにわく澱のようなものに過ぎないのかもしれない。
いずれにせよ…ついさっき、あらゆる心配事は今の自分にはなんの意味もなくなってしまった。
どうせ病院などに行くのは今回限りと決めていたので何かしらあっても一ヶ所で済むにこしたことはない、そう思ってここにきめたんだった。実際には再検査、再々検査と都合3度も足を運ぶはめになってしまった。…つまりその《何かしら》があったというわけだ。
10年以上ぶりに苦手な病院なんかに足を運んだ理由は単に市の無料検診だったからだけではない。ここらで《確証》が欲しかったのだ。ここ1年くらいカラダのあちこちに、原因不明の痛みを感じていた。実は同種の痛みは少年時代からあって一度医者に診てもらったことがあった。が、当時は病院に行っても「原因不明」という見立てだった。原因不明という響きには多少の不安は残ったが逆にいえば『名のある病気』ではないとも解釈できると気が楽になった。以後はあちこち痛んでも気にしないことにしていた。
しかしその勝手な思考実験にも加齢というパラメータを加わえる必要がでてきたようだった。気のせいかもしれないが、痛みの「質」がビミョーにかわってきたようにも思えた。そこで、ここらでまた「原因不明」「名無し」を更新しておこうと思った。
あまり深刻でないなら「原因不明」よりはなんらかの病気であるほうがマシという常識的な思考へはいきつかなかった。たとえ重病でなくとも、ひとたび病気と診断されてしまったら治療のために大嫌いな病院に通わなくてはならない。そのほうがずっと面倒くさいと思えた。
多分「原因不明」と聞いて安心できない方々はその向こうにかなりの確率で大病が待っている思いこんでいるのだろうがこの世の中には安定した「原因不明」というものが存在するものだ。「生きていればそういうこともある」という言い方はシロウトである親だけでなくかつてかかった医者の何人かも言ってた。
この地球上では「名札」のついている生物は全体の1割にすぎないというハナシだ。人間のカラダで起こる現象だって似たようなものだろう。特に痛みについてはかなり不明なのが存在するらしい。つまりこの世の中は「名札」がついてないもののほうがメジャーなのだ。ある日を境に歯医者で麻酔が効かなくなったとき、ある種の確信を得た。激痛の中で自分が何かひとつ「能力」を手に入れたような気になった。
「原因不明」は名無しではなく医学という人知をこえた自分の個性につけられた名札なのだと信じるようになった。
ところが今回もらった名札には「原因不明」の文字はなかった。逆に「絶望」というサブタイトルが付けられていた。
ヒトが死ぬと言うことは、ある意味、巨大な宇宙が1つシュポっと消えることだ。
アインシュタインの宇宙もニュートンの力学もアラブの春もハリウッドセレブもゆるキャラも妙にエロかった同級生も冬場のささくれも、これから発見されるかもしれない暗黒物質も徳川家康もすべて一瞬で消えてしまうということだ。
今さら考えて何になる?という状況にもかかわらず思考がとまらないのは、考えること自体が生きている証、つまり宇宙は個人のアタマの中にあると信じているからだろうか。
「生命力…」
さっきから感じている謎の眩しさの原因はそれに違いない。目の前の緑に輝く葉を眺めているとそう思えた。コンクリートとアスファルトと鉄とプラスチックで固められてしまった街の中でもいたるところに生命がうごめいている。怪しい伝染病を運ぶ蚊やそのウィルス。ウィルスは学者のセンセーに言わせれば「生物」ではないらしいが生存戦略を持ってるヤツらが生きてないはずがない。
ふと下を見ると歩道のコンクリートのひび割れのわずかな隙間から小さな花が顔を出していた。もちろんそれがなんという名前の花なのかは知らない。今までなら別に知りたいとも思わなかったし、大抵は「雑草」という名札をつけることさえ省略し、見かけた記憶さえも数分後にはフェイドアウトしていることだろう。だが、このままこの花の名前を知らずに自分は死んでいくのだと考えたら急にその雑草が愛おしく感じられた。
花の名前…犬の種類、猫の種類、スイーツやエスニック料理の名前、ブランド。それまでは「名札」を集めて出来ているようなテレビ番組や雑誌記事は俗物的でくだらないと思っていた。(自分も俗物のくせに!)
一時期ニュースを賑わせた食材の偽装表示なんて、長きにわたって客に気づかれることもなかったということは、結局のところ気取った小金持ちたちは食材そのものではなく名札を食べてたということだろう。
だが、よくよく考えてみたら「名札」というのは人類の文明そのものでもある。人間が人間たる所以といえる抽象的な概念でさえ「名札」つけてきたこと。それなしにはホモサピエンスは発展できなかっただろう。
上手い具合に折り合いがとれてさえいれば、「名札」の奴隷になるのも悪くないハナシかもしれない。
なにせ宇宙はすべて個人のアタマの中あるのだから。
病院の前でぼんやりとそんな思考をめぐらせていたら、いつのまにかすっかり日は落ちていた。一体、おれは何時間そこにいたんだろう?昼間来たときは気づかなかったが何やら怪しい電飾が光っている店がある。
今住んでいるアパートは住宅街にあるが、最近そこに突然ガールズバーなるものが出来た。このご時世、各方面みんな必死なので何が現れてもあまり驚かなくなった。ガールズバーは風俗営業扱いではないグレーな存在なので病院の近所だろうが開店できるらしい。あの電飾もその類だろうか?
近寄ってみると「処方箋承ります」の看板。このケバさでまさかの調剤薬局?
それにしてもこの台湾繁華街の夜みたいな電飾は何なんだろう。よくみると電飾看板には見たこともないような書体で「開運」の文字が。さらにそのヨコに「30分5千円」とある。「占い」…か?
占いなんて基本的にはコールドリーディングなどを駆使した心理マジックのようなものだ。
万人に当てはまるような指摘をして相手の出方を探り探りハナシを進めていく。たとえばこうだ「あなた、男の兄弟はいらっしゃいますか?」というような質問。「います」なら「やっぱり」、「いません」なら「ですよね」などと返す。あるいは「いなくてよかった」とかなんとか。
「あなたは重大な岐路に立たされている」というフレーズは悩みをかかえている人にはだいたい当てはまってしまう。占いの客は大抵何かに悩んでいるものだ。
「大胆に見えて意外と繊細なところもある」は悩んでない人にも有効。「意外と天然なところがある」は現代人にはほぼ全員に有効。特に女子には。そうではないと言い張るものがいたら「自分では気が付かないものなんですよねぇ」と微笑みながら静かに言えばいい。
最近のトレンドは「精神は高校生のまま」とか「中2のまま」とか。いや「10代」とまとめれば、これも大体は当てはまってしまう。
占いは当たる当たらないではなくカウンセリングなんだと言うヤツがいる。ある種の「癒し」の場なのだと。
確かにそういう側面もあるだろうし、世の中に占いという職業があることまでは否定しない。でもここは気に入らないにおいがプンプンする。それは病院のこんな近くに店を構えているということだ。しかも調剤薬局の中とは。病人を食い物にする気満々じゃないか。だとしたら、自称・世直しクレイマーとしては、とうてい看過することはできない。
ひょっするとコールドリーディングはおろかホットリーディングも駆使しているかもしれない。つまりなんらかの方法で病院から情報を得ているということ。実際にその手法で重病患者にお守りを売りつけていた霊感商法のニュースを見たことがある。(なんだかんだ文句ばかり言ってるくせにテレビばかり見てるな。)
まるでクリスマスのようなアーチ状の電飾をくぐり抜けるとごくフツーだが無人の調剤薬局のカウンターが現れた。あたりを注意深く見回す。
見ると右奥の壁に黒く重そうなドアがある。あそこが占い用の別室なのだろうか。カウンターには誰もいない。「恐れ入りますがご用の方はベルを押してください」というプレートのヨコのボタンを押してみると、かなり奥の方で電子音によるメロディが鳴っているようだったが、しばらく様子をうかがっても何の応答もない。
10分ほど待ってみたが誰も現れないのでドアの前まで恐る恐る近づいてみる。
「どうぞ!」と中から声。
「なんだいるんじゃねーかよ!」。思わず乱暴な物言いが口をつく。
ドアをあけると中には甘ったるい、いかにもといったお香の芳りが漂っていた。カンナビス…、これは自分も買ったことのある線香と同じ匂いだった。カンナビスというのはマリファナのことだが、なぜか期間限定店舗の古着屋にそういう名前のお香があった。そのお香が本当にマリファナと似ているのかどうか、いずれ確かめたいと思った。自分で大麻に手を出そうとは思わなかったが、生きていばマリファナの匂いを知ってる人とどこかで会うだろうと考えていた。ただしそれは平均寿命くらい全うした場合だ。ああ、これも知らずに終わってしまうのか…
中東風の織物のクロスがかけられたテーブルの上には水晶玉とタロットカードと筮竹そしてなぜか数珠までが無造作に置かれている。節操がないにもほどがある。これも流行りのコラボだとでも言い張るつもりだろうか。
占い師の席にはどう見ても大学生のバイトにしか見えない風体の若造…というよりさらに幼さを追加したような男の子が座っていた。
「あ、どうも」男はこれまた今時の若者らしく、というか占い師らしからぬ軽さで会釈してきた。もはや草食系を3段くらい飛び越えて「お菓子主食系」といった様相だ。
「あ、掛けてください」
どこまでも軽薄だ。すっかり出鼻をくじかれた。奇策もあるだろうと心の準備はしてきたつもりだが、ここまで予想外の展開が待っていたとは。つっこみどころが多すぎてむしろ脱力。
「どうします?」
「どうするって占いじゃないのか坊や」
坊やなんてワードは初めて使ったが、ここで使わなかったら多分、一生使わないだろうと思ったら思わず口をついてしまった。
「ええ、それでどうします?」
「おいおい、スルーかよ。ここはフツー、ボクは坊やなんかぢゃありませんとか少しムっとしながら名前を名乗るもんなんじゃないのか」
「坊やでも構いませんよ。別に隠してはいないけど本名はあんまり言いたくないし、かといって芸名も考えてなかったし。まあ、お嬢ちゃんとか言われてたら別ですけど」
「じゃあ早速聞くけど来年のおれは何してる」
そうだ、こっちには“余命”という絶対的な武器があるのだ。ある意味、神のカードだ。
坊やはタロットカードをシャッフルしたかと思うとそれを水晶玉に投げつける。そして数珠を手にし筮竹を「えいっ!」とテーブルにぶちまけた。
もうムチャクチャだ。こんなんじゃ30分後のことも占えないんじゃないか、さぁ、どうくる?
「う~ん」
案の定、黙り込みやがった。…いや、冷静に考えるとこの行き詰まり感はむしろ不気味だ。こっちの読み通りのインチキならむしろ何かしら答えるはずだ。明治時代に行われたという超能力実験のハナシを思い出した。科学者立ち会いのもとで当時、巷で評判だったという千里眼男の検証したら失敗に終わったというやつ。失敗したからこそホンモノの可能性が残されたという意見があったそうだ。つまり手品のようにタネがあるものだったらあっさり成功してみせるだろうと。
そしてお菓子系坊やはキャラに似合わない脂汗を流し始めた。
するとどこからともなく声がした。
「ははははは」
シルクハットを被った、幼い頃に絵本で見たサーカスの団長のようなインチキ臭い、いで立ちの男が現れた。この男もまるで信用されようとする気がないような外見だが、それがむしろ不気味に思えてきた。
「ハングアップしてしまったってこたぁ、坊やが私の教えた占いテクをしっかりとマスターしてるってことです。ぎゃーくーにーねっ。ただし坊やはまだ中級編の手前。見えるのはこの世の出来事まで」
顔面からサーッと血の気が引いていくのがわかった。
「あなたも知ってのとおり来年にはあなたはこの世にいない」
狼狽えるな、これはホットリーディングだ。なんらかの方法を使って再々検査のリストを入手し狙い打ちにしたにすぎないのだ。だから余命のことくらいわかっていたはずだ。
「そしてあなたは今こう思った。やっぱりホットリーディングじゃないかと」
その切り返しに一瞬、たじろいだが、これはホットリーディングでないことの証明にはならない。女スリが自分を疑ってきた男に「そんなことを言うのならここで身体検査してみなさいよ」とセクハラを盾にしているのと同じようなはったり。あれ?この喩えはちがうか…
「続けますよ。降参だと思ったら手をあげてくださいね。あ、別に勝負じゃなかったか。けけけ」
「あなたがあの病院に抵抗感を感じていた理由は単にあそこが小ジャレてたことだけじゃなかった。トータルコンセプトを手がけたカリスマデザイナーはあなたの高校時代の同級生、しかも二人とも美術部員だった。彼がストレートで美大に進んだのにあなたは2浪して結局デザイン系の専門学校に。そこからあなたの挫折は始まったんだ。」
トラウマをえぐる作戦か。あわてるな、これくらいのことは探偵でも雇えばわかることだ。
「彼は学生時代から数々の賞を取るなど頭角を現していた。彼が自分の会社を興そうとしたとき実はあなたも誘われていた。だがあなたは断った。それはこう思ったからだ。美術の才能と会社経営は違う。きっとうまく行はずがないと。その時、あなたは社会人としてはじめて彼の上に立ったような気になった。この世間知らずのアーチスト気取りが…と。ところが彼は商才にも長けていた。あれよあれよと有名企業とのプロジェクトをいくつも成功させた。今や時代の寵児といってもいいでしょう。結局あなたの根っこにあるのは自分が美大に行けなかったということだ。どうせ自分は美大にいけなかった。美大さえ出ていれば。…あなたこそ「名札」の奴隷じゃないのですか?」
「名札の奴隷」…これはさっきはじめて使った表現だ。しかも心の中で。いや、人間の記憶などあてにならないものだ。過去にどこかでしゃべっていたのかもしれない。
未だホットリーディングの線は消えないが、なぜだろう、トラウマをえぐられたというのに気持ちが軽くなっていくような気がする。
なんだろう…ヤツの声は妙に心地よい。
「そろそろ落ち着いてきましたか?では本題にうつりましょうか。ジャーン!あなた、選ばれたんですよ」
「…」
“選ばれました”なんていうのは詐欺まがいのキャッチセールスの常套句だが、どうやらおれは猜疑心を分泌する器官がすっかりイカれてしまったらしい。
「3つの願い事って聞いたことあるでしょ?」
「え?」
敵の攻撃が予想外すぎる。ハナっから防御壁をつくってなかった方角から侵入されたようだ。
「あなたはこう思った。なぜ自分なのかと。安心してください、あなたの日頃の行いが良かったとか、隠れた才能があるとか、実は宇宙人の末裔だったとかとういうことは一切ありませんから。ある程度の《意志》は働いていますがあなた方が理解できる尺度で説明するならほとんどランダムと言い換えてもいいでしょう」
「意志?ランダム?」
「あくまで、あなた方のコトバで説明するなら…ということです。実際には《意志》というのはあなた方の理解を超越した存在なので詳しいことはここでは割愛します。あー安心してください。私は死神ではないので、引き替えに残りの魂を下さいなんて言いませんから。まぁほとんどその残高もないでしょうけどね(笑)あ、傷つきました?すみません」
「… …。それにしてもいったい誰が何の目的で」
「誰がというのはさっき言った《意志》ですね。目的は…まぁ多様性の確保ということでしょうか。」
「…多様性」
「いいですか、文明はどうやって発展してきたか?それはそれぞれの時代に世界中にちりばめられた才能たちによってです」
「アインシュタインとかニュートンみたいな天才ってこと?」
「彼らももちろんですが、市井の人々の集合知や地味な共同作業もその範疇です」
「自然に割り振られた才能だけでは足りない部分を後付け補完してやるのです…そうですね、あなたも知っていそうな例というと有名なあの学者のあの有名な理論も実は3つの願い事が関与しているのですよ。」
「有名な理論…とか多様性とか言われても、おれは科学者ではなくデザイナーなんだけど」
「デザイナー、ぷぷぷ、おっと失礼、別にそれは関係ないですよ。デザインの賞とかでもいいですよ。なんだったらストレートに金でもいいし、究極に美味しいビールが飲みたいでもいいわけです。それが多様性というものです。一杯のビールから思わぬ化学反応がおきるなんてこともあるかもしれませんし、大事を起こしてもひと月後には忘れ去られてしまうかもしれない。とりあえず世のため人のためなんてことは考えなくっていいのです。あの科学者だっておのれの欲望に正直だっただけですから」
「欲望…?」
「そうです。知りたいという欲求です」
「ああ…でも」
「なるほど、なるほど、そうですね、なぜ今まで私たちの存在が明るみに出なかったのかということですね」
まるでテレパシーの補助として言語を使っているようだ。しかも正体不明の心地よさはどんどん広がっている。
「…まぁ、ありがちかもしれませんが記憶が消去されるってやつですね。これは意訳された表現ですけど。なにしろ《意志》はあなた方の概念を遙かに超えた次元に存在しますから。実は恐竜が絶滅したこともそうなんですよ」
「…恐竜って…あの時代に一体だれが…」
「ほうら、こう聞くとさっきの“記憶の消去”というのも、相当、意訳された表現だということがわかるでしょう…そして、もうひとつ、この3つの願い事には画期的なオプションがあります」
「オプション?」
セールスマンのような軽い物言いとは裏腹にこんどは心地よさの向こうに何か大きく荘厳で重い存在が感じられてきた。
「なんと、残りの2つをキャンセルすることができるのです」
3つ願いをかなえてやるというのに、わざわざそれを減らすというのは、深く考えずになんでもいいと言いながらも、それらは実は短絡的な欲望では御しきれないということか。どういうことはわからないが、だとしたら1つでもヤバそうだぞ。
「ああ、言っておきますが、全キャンセルはダメですよ」
「どうせ記憶を消去するんだったら関係ないんじゃ…」
「だって、そんなことを許可したら全員キャンセルしてしまうでしょ。サンタクロースじゃありませんから」
サンタクロースのくだりは映画やドラマの中でその筋の輩が吐き捨てる「こちとら慈善事業でやってんぢゃねーんだよ」とすごむ口調とシンクロした。
「さっき見返りに魂を要求したりはしないと言いましたけど、付帯条件のようなものはあるんです」
「…やっぱり」
背骨に一筋、冷たい汗がつたってくるのが感じられた。
「いやいやいや、何も奪ったりはしませんよ。むしろこちらからあげるのです」
「あげる?なにを…」
「またまたあなたレベルに意訳させていただくと皮膚感覚とでもいいましょうか」
「ヒフカンカク?」
「ほら、いまだに半裸で暮らしているような村の人々たちが、魚を捕りすぎないように配慮しているなんていうのをテレビで見たことがあるでしょう。むかしは人類全体が持っていた感覚だから恐れることはありませんよ、ただ、まぁ」
「…な、なんですか」
いつの間に敬語になっている
「それよりはもう少し増幅された感覚といいますか、正確にいうとさきほど言った《意志》と部分的にシンクロしていただくということです。その段階で耐えきれなくなって自殺してしまった人もいますが…いやいや、逆の例もありますから。ある学者さんは願い事の前のその段階でその感覚を自分の研究に活かしましたから」
そういう裏があったのか。シンクロなどとボカしていってるが、どう考えても向こうが「主」でこちらが「従」だ。チョウチンアンコウのオスがメスの体内に取り込まれてしまうようなものだろう。だとしたら精神に異常をきたし自殺してしまうという流れもうなずける。学者の例はきっと超レアケースなんだろう。自殺者が多すぎたんでオレのような余命いくばくもないヤツをターゲットにするようにしたにちがいない。たとえ余命が無くとも得体の知れない巨大なプレッシャーに耐えられなかったら同じことだ…などど探偵ごっこをしてみたところでどっちに転んでも逃げるという選択肢はなさそうだ。
気が付くとあの病院を出た時間まで巻き戻されていた。あの場所に目をやると調剤薬局もろともなくなっている。それでもあの出来事は実際に起こったのだという確信があった。
1つ目の願い事、それは子供のころに思いついて青いまま心の片隅にしまってあった「環境問題をなくす」というもの。残りの2つは当然のようにキャンセルした。いくら想像してみたところで、それらは一筆書きでいくら頑張っても最後にあぶれるハンパな点のような気持ち悪さしかなかった。
最初は「環境問題を解決する」としたが、コンピュータープログラミングのシンタックスエラーのごとくはじかれてしまった。具体性がなさすぎるとかなんとか。
そして今度は水問題だの地球温暖化など単一イシューにしてみたが、そうすると今度は相互作用などで結果として振り出しに戻ってしまうらしい。それは《意志》とシンクロしたおかげでシミュレーションすることができたのだった。(「シンクロ」も今のところはたいした脅威は感じなかった。)
袋小路から抜け出すヒントになったのがかつてテレビで見た政治家のコトバだった。ある国の外務大臣が「領土問題は存在しない」といっていたのを見て閃いた。現実とリンクが切れたインチキな定型句を繰り返すだけのボットとしか見ていなかった政治家がヒントをくれるとは。
「環境問題が存在しない世界の実現」。案の定こんどは願いは無事《意志》の胎内にコンパイルされていった。
環境問題などまるで小学生の自由研究のような青臭い発想だが、自分を世直しクレーマーだと自負していた男の置きみやげとしては相応しいではないか。
あと自殺にたいする懸念は杞憂だった。どうやらダイジョウブな気質だったらしい。学者気質なのだといわれたので、さっぱりわからないと疑問を投げ返したら「ボタンがあったら全部押してみたくなるような気質」という答えが返ってきた。わからないでもない。
それにしてもまだ記憶は消されてないんだな。これはまだ願いが実現されていないということか?おそらくは願いが叶ったのを見届けるさせてもらえるということだろう。あのテレパシーでつながったかのような感覚はまだ続いているのでこれは間違いない。
ふっと違和感がそよ風のように通過した気がした。
目の前を自転車に乗った小学生のグループが通り過ぎていく。皆、片手にジュースのペットボトルをもちながら運転している。その中の一人が飲み終わったペットボトルを放り投げると路側の草むらに落下した。それに続くように他の子らも一斉にペットボトルを投げ捨てる。
自分が子供のころには立ち小便と並んでありふれた日常だったが久しく見かけなかった光景だった。
「…環境問題」
さっきの違和感はコトバと現実のリンクが切れた瞬間だったのだ。
薄れゆく記憶の中で反芻した。
今や「カンキョウモンダイ」は存在しない。あらゆる言語の辞書にも…。
ありがとうございます。
いかがでしたでしょぅか?
ネーミング小説と銘打ってしまった段階でもうネタバレでしたね(笑)
まぁ、自分の器はそんなもんです。
ただマガジンをマガジンっぽくたらしめるための
賑やかしにはなりました。きっと。
あとは四コマ漫画とかでしょうか。
むかし「一体さん」という4コマを書いて一部友人にバカ受けしたことがあります。
それをそのままスキャンして載せましょうか…
「三体」が流行ってると聞くのでいけそうな気がします(笑)
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