見出し画像

「グラゼニ」~すてきな思考実験。ダルヴィッシュにとどけ、ナックルボーラーの夢

かつてロンドンブーツ1号2号がホストを務めていたフジテレビ深夜のトーク番組「赤ちゃん金ちゃんしゃべる部屋」にサッカー界のレジェンド釜本邦茂氏がゲストとして出演したことがあった。
その中で田村淳氏が
「ボクが(サッカーの)監督やれますか?」
と尋ねると、釜本氏は
「できるかもしれないけど選手がついてこないだろ」
と答えた。
 頭ごなしに絶対にムリといわないところがさすがといえるが、不可な理由を「選手がついてこないから」といっているところに日本スポーツ界の、いや日本の限界を感じる。

 アメリカの最高峰スポーツNFL(アメフト)のヘッドコーチ(監督)には歴代、プロ経験のない人がいる。
 それどころかかつては車椅子のキッキングコーチなんてのもいた。それも事故で夢破れた元選手というわけでもなくアマチュアレベルを含め一度もボールを蹴ったことさえない人物だった。
 もし「解決策ソリューション 」を知っているというのならそれが小学生でもタマネギでも雇うかもしれないという貪欲なまでの合理性。残念ながら日本のスポーツ界にはまだその柔軟性はない。
 が、個人ということであれば一人だけそうした貪欲さをもって競技に臨む日本人アスリートがいる。それはMLBサンディエゴ・パドレスのダルビッシュ有投手だ。
 彼は生活の殆どの時間、変化球のことを考えていると日本テレビGoingの取材で明かしていた。最近ではゲームで日本人投手の変化球をチェックし、その後、実際の映像で見直して研究したりしているそうだ。お股ニキというSNS上で知り合った謎のシロウト野球マニアとの交流も話題になった。
 平たくいえば「聞く耳をもつ」ということだろうか。

で、「グラゼニ」だ。
 週刊モーニングに連載中のこのマンガ作品は開始当初は「サラリー」にスポットを当て、あのエモヤンこと江本孟紀をして、よく調べていると言わしめた。同作は時には主人公の凡田夏之介から離れ、脇役の若手ブルペン陣がSNSに翻弄される様を描いたり、グッズ企画会社の話題になったりと、球界のニッチでコアなリアルにふれてきたが、ここにきて物語の中心は再び主人公に戻り、代理人の交渉システムから年齢との闘いときたのでそろそろ引退か?と思いきや突如「夢の魔球」ナックルボールと取り組む流れに突入。
 これのどこが「夢の」かといえば、ナックルボールは完璧にきまればほぼ打ち取れるということ、そして逆説的に言うとまだ日本人のフルタイムナックルボーラーがいないという点だ。

 いないのはムリだからじゃね?と結論づけるのはまさに日本の伝統、悪しき先例主義にとらわれた考え。先例主義に拘泥されるかぎり「一番乗り」の栄誉は一生夢のままだ。

 夏之介に助言を与えながら共に魔球に取り組むのがメジャーからきたキャッチャー・パーシー。この設定にも、いろいろと作者の仕組んだ「しかけ」があるようにみえる。まず、ナックルボールは魔球なので専用の捕手が必要となってくる。またパーシーはキャッチャーとしては超一流だが打撃不振なのでメジャーに残れなかったがここにきて打撃の調子もあげてきている。正捕手と競り始めたこの段階で「打撃が同じくらいならコミュニケーションの問題で日本人が優先される」という説明がされる。だが、これも日本球界の思い込みではないか?コトバの壁でコミュニケーションがとれないというのならなぜ日本人投手はメジャーで活躍できているのか?
 夏之介に助言を与えているくらいだから、実はパーシーはコミュニケーションに必要な語学力は身に着けている。ここらへんも現代社会の外国人労働者への先入観を前提とした処遇とリンクしてみえる。
 MLBは日本とくらべキャッチャーのレベルが低いなどという言説も散々言われてきたが、それも思い込みと決めつけではないのか?そういった因習へのアンチテーゼをグラゼニは提示しているようにみえる。

 今後、プロが見ても耐えうるような実用的な「仮説」が登場するかどうかは未知数だが、なんらかの刺激がダルビッシュ有氏に届いて、彼がナックルボールに挑戦してはくれないだろうか?
 ただこの「グラゼニ」での描きかたを見るかぎり、ナックルボールはそれ自体が一種目に匹敵するような大シゴトにもみえる。そんなめんどくさいものに取り組むくらいならもう3つくらい他の変化球をマスターしたほうがいいというような感覚だろうか?いやそれもまた先入観かもしれない。変化球に限らず、競技そのものやその中のテクニックというのは体のメカニクス、さらには性格などとの相性もあるから、運よく「向いていて」いとも簡単にマスターできてしまうかもしれない。いや大変だとしても大谷選手の二刀流が可能なら投手とナックル投手の二刀流もアリなのではないか?

 ダルビッシュ氏は指先を自由にコントロールする感覚は自分は全米一だと言い切った。これはすごいことだ。なぜなら野球に限らず、すべての競技におけるワザの可否は身体を自分の意志どおりにコントロールできるかということにかかっているからだ。そこがクリアーということになれば、あとは正しいアイディアと身体的なリミット次第ということになる。

 現実とリンクしてくれればこんなに面白いことはないが、どちらにしてもワクワクするような思考実験的が見てみたい。小学生がマンガを真似したらナックル投げられたよ、とかそんな具体的なアイディアを見てみたい。ナックルは捻らないから120キロはさすがに無理でも子供から草野球のおじさんまでそのレベルなりに広く安全にためせそうだ。

この記事が参加している募集

#読書感想文

191,671件

#マンガ感想文

20,437件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?