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海の底、ゆらめく灯火

「それはね、こっちの方が幸せになれます。
絶対です。幸せになって見返すんです。」

彼女は普段、誰もが認める温厚な人柄である。
好戦的な言葉など無縁のように思われたその友人が、私にこう言った。
こんなにも断定的に。

それは、
たしかにまるで真実であるかのようだった。
そう私に思わせるほど、心強く響いた。

私という人間は、悲しい出来事がある度に
性懲りもなく突き詰めて沈んでいくタチである。

それはもう、熱心に。
誰も頼んじゃいないのに。

まるで、人生の目的地が深海の底であるかのように、真正の憂鬱な性分なのである。

冒頭の台詞を彼女が発するきっかけとなった、
私の出来事。
今回のことも、そうだった。

答えなど何処にも無い、追憶と思考の海の中を、
陽が届く領域を通り過ぎても尚、進んでいく。
賑わう楽しい記憶も小さく遠のいてしまう。
閉じた、自分だけの世界が陰っていく。
暗く、冷たい場所へと潜っていく。
光は届かないし、音も響かない。
何も見えず、何も聞こえない。
寒さを悔いる頃には手遅れ。
流れに任せて目を閉じる。
このまま海の藻屑へと。
もう望んでさえいる、
奈落の底へと。

しかし暫くすると、
瞼を開きたくなる衝動に襲われる。

真暗で何も無いはずだった海の深底に、
ぼんやりと、
微かな光が揺らめいていることに気づく。

あたたかい。熱を帯びた光。
近づいても曖昧で、実体を掴むことはできない。

それでも、ただわかる。
蝋燭のように穏やかでありながら、
焚火のように猛々しい。

それは感じられるもの。
それは、私の本当の心。
生きたいと願って燃える赤。
彼女の言葉が火をつけた灯火。

何度、もう人と関わるのは御免だと思っても
やはり私は人に生かされていると知る。

✳︎

心底絶望しているはずだった日、
彼女達の寄り添うような溌剌さで
結局楽しく過ごしていたこと。
気づけば些細なことで笑い合い、
未来に希望を見出していたこと。
なんだかとてもおかしくて、不思議な日だった。

お守りのような日になった。
思い出すたび、ぽっと心があたたかくなるよ。

✳︎


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