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子育て主夫のプロフィールと4回の転職を経て考えること


高校生活
 北関東に生まれて団体職員の父と専業主婦の母に育てられる。裕福でもないし貧乏でもなく、不自由なく育ててもらった。幼稚園から高校まで徒歩や自転車で通える同じ学区内の狭い範囲で過ごした。北関東の多くの県の公立進学校がそうであるように男子校に進学した。トップレベルの進学校ではない。偏差値で言えば50台後半くらいだろうか。毎年30人程度が国公立大学へ進学して、私立で言えば早慶に数人受かる程度の進学校だ。つまりそれほどレベルが高い学校ではない。

大学生活
 高校在宅中にニュージーランドに8ヶ月の語学留学を経験した後に1年高校を留年して中央大学の法学部へと進学した。法曹を目指すという高い志があった訳ではなく、地元から脱出して一人暮らしする為にはそこそこのレベルの大学に合格する必要があった。当時はまだ中央の法と言えば弁護士の3人に1人は中央出身と言われる程にレベルが高く、クラスメイトの中にも裁判官や弁護士、司法書士になった友人がいた。(余談だが、その数年後、東大や一橋、旧帝大卒ばかりに囲まれた職場で働く事になる私は、基礎学力が高い人間は世の中に腐るほどいる事を痛感することになる。彼らのような猛者の中で法学部と言えば東大法学部の事を言うのである。)
 かくいう私は六法全書には全く興味を持てずにサークル活動やコピーライティングの学校に通ったり、美術館巡りをするなど青春モラトリアムを謳歌しつつ、卒業後の進路について不安を抱きつつも茫洋とした未来を想像していた。


就職活動
 特に数字が嫌いだった事からマクロ経済などが試験に含まれる公務員試験は向いていないだろうと考えた。若干地元で就職したい気持ちもあったが、一度の人生なのでどんなめぐりあわせがあるかといった期待の方が上回った。平成不況・就職氷河期といわれた2002年の就職活動において民間企業を受験する事とした。
 別の記事で詳しく書くことにするが、就職活動ではそれほど準備をしなかったにも関わらずラッキーな事に国内最大規模の食品メーカーと素材系で世界シェアNo.1商品を持ち売上高も3,000億規模の中規模メーカーに内定をいただいた。数字とメカとPCが苦手な私はアナログな商品を扱う企業を中心に試験に挑んだのである。
 素材系の企業は理系の開発職が幅を利かせている印象があったことから、規模がさらに大きい食品メーカーを選択した。どちらの会社もしっかりした会社で今もしっかりとした経営基盤を持っている。両社とも当時は海外進出に力を入れており、どちらの会社で働いたとしても将来的に海外赴任するチャンスがあったかもしれないが、当の私はそれほど意識が高かった訳ではなく、言わば何か楽しい経験ができたらいいなくらいしか考えていなかった。そんな私を多くの諸先輩のOJTや数ヶ月に及ぶ研修などを通してそれなりの社会人に育ててくれた1社目の食品メーカーには感謝しかない。数多ある企業の中から相性がいい会社にたまたま入社することができたことは本当にラッキーなことだと今も思う。

4回の転職を経て
 4回の転職を経た今、成功する就職先選びや、転職というものがいかに難しいかという事を大学生や転職を考えている方々(悩んでいる方)にお伝えしたい。
 まさにこれは相性であって、数度の面接では職場の雰囲気なんてわからないし、1社目と違って転職先ではOJTなんて期待できないのである。
 大企業、外資系、学校法人、地方公務員を渡り歩いた私が思うのは、転職で大切なのは収入や安定ではなく、いかに自分のライフスタイルやワークスタイルにマッチして、やり甲斐が感じられる業種や会社を見つけれれるかという事。
 例えば苦労して公務員の経験者採用試験に合格して安定を得たとしても、数年後に公務員の仕事が嫌になってまた転職をするのであればまさに苦労して無駄な遠回りをした事になってしまう。
 地味な事務作業が好きであれば行政職はいいかもしれないが、県庁の仕事であっても殆どの仕事はルーティンか前例踏襲。あなたが折角身につけた色々なスキルは活かされないまま日々が過ぎていく事になる。

 そのようなミスマッチを少しでも防げるようにこのnoteを使って情報発信が出来たらと思う。


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