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恋愛は人生の意義か青春か

ひとはなぜ恋愛をするのだろう。
そして恋愛とは人生においては、必ずしも必要なものなのだろうか。

多様性が叫ばれる現代においては、恋愛は人生において絶対に必要だと考える人はそう多くはないだろう。少なくとも一般的な観点から言うと、結婚することが社会的なステータスであったり、結婚していない妙齢の男女がマッチさせられたりする世の中ではなくなって久しいし、結婚に対する社会の見方が変化した。それに伴って、あるいはそれの原因の一つとして、恋愛に対する価値観も変化したと言えるだろう。

今考えると、私も若いころは恋愛至上主義だったかもしれない。あるいは、普通の青春時代を送っただけだともいえるかもしれない。
恋愛に大きく一喜一憂し、友達との会話テーマの中心はだいたい恋愛についてで、頭の中を占めていたものも恋愛が中心な学生時代を過ごした自覚がある。

学生時代を終えてから、もうすぐ10年を迎えるころで、結婚してから6年、今の夫と交際し始めてからで言うと11年になろうとしているこの歳では、さすがに恋愛には特に興味がない。
もし今突然シングルになるとしても、正直、今から誰か新しい人と出会って、恋愛関係に発展させていくことはできないと思う。そこまでのエネルギーがないこと、恋愛にそこまで価値を見出せないこと、恋愛の仕方をそもそも忘れてしまったことなど理由はいくつかある。恋愛市場から離れた年月が与えた影響は深刻だ。

先日、私とは全く異なる価値観をもつ同世代とこのテーマについて深く話した。
彼は既婚者で子供もいるのだけど、恋愛は人生の意義だと考えている。だから、歳を重ねても、子供ができても、パートナーと理想の恋愛関係でいたい。そしてその関係を続ける相手は、パートナーであることがベストではあるけれど、もし難しければ婚外に恋愛関係を求めることも検討したいというのが彼の主張だった。

私にとっては、まあまあの衝撃だった。世の中には性欲を婚外に向ける人がいることは承知しているけれど、歳を重ねても、ロマンスや恋愛のドキドキやロマンチックな関係を求め続けるというのは、私にとっては発想がなかった。シングルの身ならもちろんあるだろうけど、既婚者で、子供もいて?という衝撃が大きかった。

私は、日本人の価値観が私の価値観に大きく影響していると思われることを付け足しておいた。日本に比べると、欧米の方がより恋愛関係を求め続ける人の割合が多いと思う。日本ではいわゆるセックスレスの夫婦や、仮面夫婦などもわりと存在するけれど、欧米ではそれらは日本以上に離婚の大きな要因になりうる。そして、日本ではセックスレスであれ仲のいい夫婦もいるし、なんなら家族として生活していくうちに恋愛的なものが家族愛という形に変化していくのが普通だと私は無意識のうちに価値観を形成していたのだと気づかされた。ヨーロッパに移り住んである程度経つけれど、根っこの部分の価値観はやはり日本人寄りなのだと。そこに身を置いてはいるにもかかわらず、30代、40代、50代でも恋愛関係を求める人や、パートナーに恋愛のときめきを感じなくなって離婚する人のことを、なぜか遠い世界の話のように感じていたのも否めない。

こんな価値観の違いがあると、意見は衝突するし、議論は白熱する。
そして、これが自分のパートナーとの議論だったらなおさら。
そう、これがただの男友達や同僚との会話だったら、どれほどよかったことか。

またひとつ、国際結婚においての価値観の違いに直面してしまった。そして、育った国の違いを責めても解決しないこの問題、これからどう向き合おうか。

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