見出し画像

怖いと言われることが怖かった


わたしは子どもの頃から

大人になるまで

たくさんの人に言われた言葉がある。

それは、"怖い"という言葉。

なぜかその言葉を聞くと

身体の中心がヒュッと冷たくなる感覚がして

違う違う、怖くないよ安心してと

私もあなたと同じだよ、大丈夫だよと

必死で弁解したくなるような

伝えたくなるような感覚が

いつも襲ってきた。


怖いといった目の前の人との間に

とてつもない檻のような壁が

その言葉が放たれた瞬間に

すごい勢いで生まれていく。

その瞬間にうまれる強い分離感や

とてつもない孤独感が私を襲った。

いつも理由は分からなかった。


でもそれが私的にはとても苦しくて

耐えがたい痛みの実感を伴っていた。

そして、怖いと言われないように

振る舞うようになったし

怖いと言われるようなことを

しないようにしようという

発想に次第になっていった。

実際に怖いと言われた時が

どんな時だったかといえば

・まっすぐ目を見つめるとき

・本質を突きつけているとき

・目に見えないスピリチュアリティ
の世界の話をしているとき

・目に見えないみえたもの聞こえたもの
感じたことを話す時

・闇やネガティブが強い作品を作った時

・鬱や希死念慮などの感情を話している時

これらを怖いと言われるたびに
そうか、人はこれを怖いと思うのかと驚いた。
そのたびに人間的な感覚が欠如しているような気がした。
私にはそれがない、その感覚が全くない、見当たらない、わからないと。

だから余計に人に私自身のことや私の作品が怖いと言われることが怖くなった。
まるで、人間じゃないって言われてるみたいに感じた。



怖いと言われることが怖かった理由が
わかってきたから話そうとおもう。

繊細な感覚とスピリチュアルな能力が
ある人をエンパスというらしい。

それに加え
共感覚も併せ持っていることが
最近わかってきた。

私は物心ついた時から
スピリチュアル(精神世界)や宇宙、自然
美術、真理、倫理、心理、哲学の世界が大好きだった。

スピリチュアルとかスピリチュアリティ
とか言う言葉を使うことにも
私は最近は違和感を感じるくらいに
私にとってそれらはもっと自然で
当たり前なものだ。何も特別なことじゃない。

昔から薄々自分でも

何かの存在や声を感じ、実際に聞こえること

人にはみえない流れのようなものが可視化されていることはわかっていた。

(幽霊やホラーは苦手なので
実体で視えたり出るのだけは
お願いだからやめてといつも言ってる)

人の言葉や発音というのは
楽器のようなもので
音だから、ある周波数を纏っている。

その音の違いが聞こえてしまうというか
みえてしまう。

本当のことを言った言葉
嘘をついた言葉

それらが私には色や光を伴って視えたり感じたりする。

その人の本質からの望みや願い
好きなどを纏った言葉は
キラキラと水面の光みたいに輝いていて
ハープのようなオルゴールのような
高い音で信じられない程、美しい音がする。

このあいだ聞いた言葉には
黄色い光がキラキラとして綺麗だった。

私はその音や光に触れるのがとても好きだ。
言葉に出来ない美しさがそれにはある。
見惚れてしまうという言葉がぴったりだ。

私がみえているものを絵にするとこんな感じ ↑


反対に嘘の言葉は楽器をガチャガチャと
ギーゴー鳴らすような不協和音があり

聞いているだけで本当にしんどくなる。
寝込むほど具合が悪くなる。

小学生の頃は
あの人は嘘を言っているねとかよく話したし
私自身嘘をつくこと、言うことが
死ぬほど嫌で何度も嘘は絶対につきたくないと号泣した。

今思えば嘘が嫌というよりその音が嫌だったのだ。

社会的にそれが正しいといわれ
自分が発するしかなく発してしまった日には
何日もその音が自分の心に滞在し
ごめんなさいごめんなさい許してと
泣いて寝込んだ。

そんな姿を見ては周りの大人たちは
なんて感受性が豊かな
ピュアな子なんだろうと
言ったしそういう目をしたが
それにもずっと違和感があった。

ちなみに
無意識でつく嘘と
納得した上でつく嘘(うそも方便的な)は
また音の種類が違う。

だからある程度目の前の人と会話や
対話をしていると
だんだんその人がレントゲン写真のように
スケルトンになってくる感覚があり

発した言葉によっては糸が視える時があり
それらは全て胸のあたりに繋がっていて
何が根本原因で絡まっているかが
みえてしまう。

私がみている糸やエネルギーの絵 

人には言わないようにしていたのだけど
自覚としては小学生の頃から
その感覚が明確にあった。

悩み相談を子どもの頃からよく受けていて
その時にはこれらのツールを使って
よく答えていた。

人が話さないことまでも
少し先の未来の流れのようなものまでも
今悩んでいることを
どうしたら解決できるのかまでも
なんでわかるの?なんで知ってるの?
と聞かれることはよくあった。

私の感覚としては
だってみえるから、聞こえるから
そう感じるから、流れてくるからだった。

それを話すと、何その能力いいなぁとも
よく言われたけれど

ただ、言葉であれば文章でもそれらは
流れてくるのでそれに触れたら基本的に
そのエネルギーがダイレクトに
全部私の中に流れ込んでくる。
取捨選択する術も方法も私にはない。

幸せも嬉しいも楽しいも
悲しいも寂しいも苦しいも怖いも不安も緊張も
一気に押し寄せてくる。

だからそれらに触れたら
私はまるでその人と同じ感覚を
体験しているかのような状態になり
幸せで嬉しくて楽しいと
私自身には何もなくても笑ってしまうし
悲しい、寂しい、苦しいと
私自身に起きたことでなくても
ずっと泣き続けたりしてしまう。

距離も時間も関係性も関係なく
全部流れ込んでくる。

遮断するには見ない、聞かない、触れない
を徹底するしかなく

10代の頃
周りにいる人たちや情報によって
泣いては笑い、楽しんでは苦しみと
全部が私のものや経験ではないものばかりに
翻弄される日々でもあった。
それらがあまりに辛かった。

21歳くらいのある日友人に
「あなたは人の悩みや話ばかりで、
自分の話を全然しないよね」
と言われた時にハッと気付いた。

その時に
自分の人生を生きなくちゃ
自分の軸をもっと作らなくちゃ
自分が今何を感じているか
もっと明確に自分で話せるようにならなくちゃと感じた。

そこから自分軸作りというか
自分を知る旅が本格的に始まった。
21歳から32歳頃までの約11年間。
何に突き動かされて探求し続けてるのか
わからない熱量だった。

33歳になった今なら
それらの理由全てがわかる。
今の私になる為だったと。

10代の時
こんな自分の繊細さを閉じようと
思った日があった。
その時、私はスイッチをオフにしたのだ。

繊細すぎる自分も
それらに伴う感覚も
すべてないフリをすると決めた日があった。
とても生きづらくて私はみんなと何か、感覚が違うということを日々突きつけられることに心底疲れてしまったからだった。


その蓋が、スイッチが
2024年再び開いてしまった。

「もうすぐ終わりだよ開くよ、始まるよ」と
4月に突然聞こえた時は
サーっと青ざめて死にものぐるいの抵抗をした。

嫌だ嫌だ嫌だ、絶対に嫌だと。
もう少し人間やりたい!嫌だ!(謎の発言)
と言いながらジタバタした。

結局5月にはいり
「もうあきらめなさい、受け入れなさい」
と再度言われてしまい
受け入れざるを得ない体験が現実に沢山起き
私はもう全てをあきらめ、受け入れた。

全部を認めて受け入れてから
感じたことのない安心感の中に入り
基本的にいつも身体が
リラックスする感覚になった。
何より自分で在るということが
幸せでたまらない初めての感覚になった。

ただ今を生きていること
呼吸をしていること
自然を感じることに
ありがとうと手を合わせたくなる時が増えた。

この現実世界では
私は発達障害であり、共感覚などという
色々な名前がつけられて私は生きている。
そうしないと上手く説明が出来ないからだ。

だけど、それら全ての特性だったり
人生での経験や繊細さや興味の分野
スピリチュアリティやトラウマたちが
私の人生の物語に全て必要だったと
今は心底感じていて
それらの要素が沢山詰まっている
自分をとても愛しているし気に入っている。

4月と5月の自分の感覚の違いが面白すぎて
モンスターエンジンのショートコント
神々の遊びみたいに感じて笑えた。


目に見える世界と目に見えない世界は
わかれていない。

その2つにわかれてみえる世界は
複雑に絡み合っていて

壮大な目に見えない世界の中に
少しだけ目に見える世界を私たちは生きてる。

みえないはずのものがみえる
聞こえなくていいはずのものが聞こえる
ということは何かそこには
理由がある気がして私はならない。

私はメッセンジャーになりたい。
橋渡し、パイプ役をしたい。

私的には私が誰かの心をみつめるときには
解体屋または配線工事という
仕事をしているような感覚で

これはもう壊して大丈夫
これはこっちでそれはこっちだよと
伝えてあげられるような感覚がある。

この感覚を使って
私も自分自身を癒してきたし
自分と向き合い知ってきた。
だから根底にはいつでもどこか安心があって
鬱に溺れたし、泣き、深海を旅していた。

この作業はまるで扉をあけるようでもあり
どうしてその心の鍵をもってるんだ?
と、何人にも言われたことがある。

こういう感覚を頼りに使って
行う作業は私にとって
とても面白く大好きな作業でもあった。

楽しい作業がゆえに
10代の頃は見えたままに人に話していたが
それはあまり良くないこともあるのだと学び
20代はほぼ口をつぐみ、求められたら話をしたりした。
30代になり聞こえるものを詩として、文章として、作品として少しずつ出してきたが
その人の人生の中で私が話すべきタイミングなども明確にみえるようになってきたし、
繊細さを取り戻してきたので

2024.5月。

私は私に与えられた役割というか
人生を誰かのために全力で使うことを
全うしようと覚悟を決めた。

そう思ってからさっそく
今モヤモヤしている人や
今受け取る準備ができた人から
対話を重ねているが

(準備が出来たとかもみえる
というかあの人そろそろだよとか
情報を教えてもらえるから
コンタクトを取りに行ったり
待ってると実際に連絡がきたりする。)

そうして話を始めると
「怖い怖い怖い!」
と更に言われるようになった。笑

"怖い"という言葉が私にとって
怖くなくなった瞬間だった。

そうだよね〜
怖いよねぇ〜🥰ニコニコと
今、笑う私がいるのだ。

私もこわ〜い🥰と。(謎な返答)

今、怖いは私にとって
褒め言葉のようなものになってしまった。

その言葉で私は何かの的を当てられたのだ
という答え合わせができる。

人には、人生には
ターニングポイントや
タイミングというのがあり
それは素晴らしいタイミングで訪れる。

1秒前でも1秒後でもない。
そこだ、そこまでだ、ここからだ
というタイミングがある。

人生は1つの物語であり、まるで本のようで
第1章、第2章、第3章…と
境目のようなものがある。

そのタイミングについて考えることは
とても重要で

いつどこで誰に会うか
いつどこで誰と別れ・出会うか
いつどこで何の話をし・話をやめるか
いつどこで何をみるか
いつどこで何を食べ・食べないか
いつどこに行き・帰るのか
いつどこで何を売り・買うか
いつどこで何を辞め・始めるか

日々の自分の選択は
とても小さく感じるかもしれないが
すべてが大きな流れと繋がっている。

だから1つの選択を
適当にしてしまうというのは
パズルのピースを適当にはめるのと同じで
配線をかけ間違え続けるのと同じで
本来の美しい人生物語(パズル)が完成しない上に、その歪みや問題やからまりは最初は1つや1本だったとしても年々大きくなっていく。

(そのからまりが強い人に会うと
あちゃー、ずいぶん放置したなぁと感じる。)

その選択を間違えないようになるには
"自分を知る" "自分の声を聞く"
が最重要ポイントだ。

アシストや介入は出来るが
自分の物語の鍵をあけるのは
自分の物語を作るのは自分しかいない。

そのためには
必ず、自分を知る必要がある。

強く言いたいわけじゃないけど
これに関してだけは【必ず】なのだ。
そこからしか始まらない。

その"自分を知る" "メッセージに気付く"
ためのお手伝いを私はこれからしたい。

自分を知るという作業の中では
・自分の弱さ無力さを受け入れる
・過去やトラウマと向き合う
・不要になったものを手放す
というタイミングが必ずある。

そこが難所で、たくさんの感情がわく

"痛い、苦しい、怖い、辛い"

これらを感じたくないから
自分を知ろうとはしない、蓋をしてる人は多い。

もちろん蓋があくタイミングも
自分を知るタイミングも
人それぞれにあるのでそれはその時を
待てばいいのだけど
怖いから、見たくないから
先延ばしにし続けて人生終わるのは
ちょっともったいない。
でも、そういう人生の人もいるので
それはそれで良いから、介入しないけれど。

だけど、これだけ言わせてほしい。
自分を知る作業は
本来はとても楽しいことなんだよと
こんなに面白くてエキサイティングなことないんだよ!!と私は伝えたい。

どんな人生も経験もall OK🙆‍♀️
その上で自分の心の声に触れたい
自分をもっと知りたいと思えた人から

安心できる場で
自分を知る作業が出来る
そういう場をつくりサポートをしたい。

いつか自分で在ることに幸せを感じていて
自分を知っていて軸がある人たちばかりの
自分という個性が爆発している
調和したハーモニーの世界が見たい。

そのために自分自身で在ることの
幸せを知る人を増やしていきたい。

どういう形でというのは
まだ明確には定まっていないけれど
私の人生はこれから
必ずそうなっていくし
もう一歩ずつその道を歩み始めているから

スタートの記念として
今の気持ちをそのまま記録しておく。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?