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本よみ日記 水は待ってくれない

保坂和志さんは鎌倉で育ったそうだ。『この人の閾』の最後にある『夢のあと』は鎌倉まわりの話で、私たちが海に行くまでと同じ道順がこまかく描かれていた。話中の地元民の笠井さんが、海の手前にある公園について軽やかに不平不満を言っていて、前から感じていた違和感を共有する。手に触れられる身近なことの話は、どこかのだれかの物語とはまた別の読書体験となり、現実と物語が荒々しく時には細密になりながら織られてゆくようだった。

いつか読みたいと思っていた本をふと読み始める。内田洋子さん『モンテレッジォ小さな村の旅する本屋の物語』。きっかけは小さな村のような今の住まいまわりの高齢の方々は、書店に行くことが大変だったりするのかな、何かできることはあるのだろうかと考え始めていたとき、SANBON RADIOの「本屋の本」を聴いた。

夫が好きなのもあり、イタリアの書店の話と言えば須賀敦子さんだった。内田さんのこの本は、半分近く読んでもなぜ運んだものが「本」だったのかがわからないことも手伝い、あっという間に読んでしまう。

本を読むことが好きなのと、売ることが好きなのが違うのはわかるが、新刊書店で働いていたとき、本当にたまに、自分が読んでひどく感銘した本をレジに持ってくる人がいて、ごく自然に心を込めた接客をしていた。自分の中の人間らしさを確認できる瞬間だった。

息子の習い事の帰り、一粒ひとつぶが大きい激しい雨に遭う。内田さんの本で冠水によりすべての本を失った、と読んだばかりだったので、少しも待ってくれない強まる雨のなか、こんなにも早く動けるのかという発見をしつつ、本はビニール袋の中へ避難することができた。

内田さんの話は最初から最後まで本まみれの人々の話で、私もまいにち本を読んでるけれど、まだまだだなと思う。本まみれの一歩として本の中にでてきた、ごく薄いパイ生地でリコッタチーズと卵と野菜を包み焼きしたものを作りたい。あとは、横になりながらまだ少し残る微熱とともに、SANBON RADIOでなんの本の話しを聴こうか探し始めた。





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