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T町の怪談。

知人から聞いた話。
政令指定都市のF市T町で、古い町並みにマンションが建つことになった。
かつては城下町だった歴史ある町だ。
建築関係で働いていたMも駆り出され、毎日この町に仕事に通っていた。

Mは昼休みにふらりと現場から出ては知らない町の散歩を楽しみ、近所のおばちゃんたちと世間話をするようになった。
生来の人懐っこさもあり、おばちゃんたちに気に入られたMは地元に昔から伝わる貴重な話などを聞かせてもらい、有意義な時間を過ごしていた。

さてMにはこの町で1つだけ気になることがあった。
それは小銭だ。
この町はあちこちに小銭がよく落ちているのだ。
いや、落ちているというより、置いてあるような印象。
奥にお地蔵さまでもあるのかと見まわしても何もない。それに、お賽銭だとしたらポイントが多すぎる。
道端や、縁石の上や自動販売機横などのふとした場所で発見する10円玉や50円玉。100円玉。たまにある500円玉。
違和感を抱いたMはやせ我慢して小銭を拾ったことはなかったが、仲間の中には小銭拾いを楽しみにしている者もいるようだった。
拾い集めたらちょっとした小遣いになった、あのへんにはよく落ちている、なんて話も聞いた。

やがて無事にマンションが完成し、この現場も最後の日が来た。
昼休み、Mはいつものように近くの公園に向かい、おばちゃんたちと挨拶を交わした。
数日前からあのことを聞きたくてうずうずしていたM。
話が途切れたところで精一杯さりげなく聞いてみた。

「そういえば、このへんってよくお金が置いてあるけど、あれは何なんですか?」

おばちゃんたちは一瞬口をつぐんだ。
ひやりとしたM。
思えば頻繁に顔を合わせて冗談を言い合うようになっても、この話が出なかったのは奇妙なことだった。
他のことなら聞くまでもなく勝手に教えてくれるのに。
やっぱり、あえて話題にしなかったのだと、Mはこの時確信した。
いちばん仲の良い小柄なおばちゃんが困ったような顔をする。

「ああ、あれね。あんたも見た?」
「ええ、毎日どこかにありますよね」
「そうねえ。あんなことするもんも最近は減っとったとばってんね」
「でも、やっとる家は今もやっとるけんねえ」

おばちゃんたちはうなづき合っている。

「やってるって、あれ、何なんですか?」
「あれはねえ、やくおとしたい」

役?
いや、厄か?

「病気になったり、事故に遭ったり、厄年を迎えた人とかがね……」
「そうそう、お金に悪い事を、厄を移してわざと外に落とすったい」

やっぱりわざとなのだと、ぼんやりと思った。

「そのお金、拾ったらどうなるんですか」
「そら厄も持って行くことになるったい」
「持って行ってもらわんと終わらんけんね。だけんお金たい」

似た話を聞いたことがある。
呪術の一種だったと思う。

「このへんのもんはみんな知っとるけんね。誰も持って行かんとよ。厄落としするもんももうおらんやった」
「え?」

毎日毎日、あちこちにあるのに。

「マンションの話が出た時にさ」

おばちゃんは続けた。

「反対するもんもおったとよ」
「ばってん土地のことを知らんもんが仕事でいっぱい来るて喜んどるもんもおった」
「工事が始まったら、作業員の人らがどんどん持って行きよるて噂になっとった」

拾い集めたら500円ぐらいになったと、喜んでいた同僚の顔を思い出した。

「うちたちはやめときいって言いよったとよ」
「ばってん厄のある家は必死やけんね」

最近、同僚は顔色が悪くなかったか?
家族の誰かが病気になったと言っていなかったか?

「ばってんあんたは拾わんやったっちゃろ?」

不意に聞かれた。

「拾いよるごたったら教えようと思うとったんよ。でも拾わんやったけん」
「そうそう、あの子は勘がよかねえて感心しとったとよ」

気持ちがざわざわする。
どこの町ものどかだと。
おばちゃんたちはどこも平和だと。

「今日で仕事終わるっちゃろ?」

返事のかわりにうなづいたが、なんとなく言い返したくなった。

「厄落としも今日で終わりですね」

するとおばちゃんたちが笑った。

「何がね。これからったい」
「これからマンションに何百人も新しかもんが入ってくるやろが」


end

※この話はガタオが語りました。
パクると呪われます。










つらい毎日の記録