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新進気鋭のバーティカルSaaS企業はいかに業界支持を受けるのか

昨年11月、日経産業新聞は「芽吹く「バーティカルSaaS」スタートアップが耕す」と題し、業界向けクラウドサービスの盛り上がりを報じた。

2021年においては上場、未上場に関わらず当該領域における大型資金調達の増加し、バーティカルSaaSが脚光を浴び始めている。

企業データが使えるノートでも数多くのバーティカルSaaSスタートアップの取材や国内SaaSスタートアップのDB化を行ってきた。

その中で対象業界は違えど、急成長をみせるバーティカル企業には共通点がある。

それは単に業務を効率化するプロダクトを提供するだけでなく業界に熱狂的なファンがいることだ。

業種を問わないホリゾンタルSaaSに比べバーティカルSaaSは対象顧客数が限定されやすい。

例えば、業種を問わず会計システムを提供するfreeeが対象とする中堅・中小企業数は180万社に上る一方、電子薬歴システムを提供するカケハシが対象とする調剤薬局は全国で6万店舗と歴然の差がある。

そのため、広域に失注覚悟でアプローチをかけるのではなく「そのシステムを使わないと仕事にならない」程に深く入り込んだ製品開発、そして業界における認知・ブランドを確立することがバーティカルSaaSにとって重要となっている。

このような背景もあり「いかに業界支持を得る取り組みを行ったか」のエピソードを尋ねると各社の並々ならぬ創意工夫を聞くことができる。

しかしながら、このようなノウハウや取り組みが業界を超えて共有化されることはまだまだ少ない。

この記事では既存産業のDX化を担うスタートアップへの投資を行うガゼルキャピタル協力の元、バーティカルSaaS領域に取り組みを行う新進気鋭の15社に「業界での支持を得る取り組み」を聞いた。

また、記事の後半ではGazelle Capital 代表パートナー石橋氏に2022年のバーティカルSaaSの展望について話を伺う。

15社のバーティカルSaaS取り組み

今回、企業データが使えるノート、Gazelle Capital協力の元、バーティカルSaaS企業に対しアンケートを行い以下の15社から回答を得た。

シードラウンド~IPO企業まで多様なバーティカルSaaS企業

既に上場し、ARR20億円に達する企業から試行錯誤が続くシードスタートアップも含め、各業界のDXを推進する新進気鋭の15社となっている。

アンケートの文字数が限定されるため、回答は様々な取り組みの一部に過ぎないが、業界に支持されるための取り組みを紹介する。

① 徹底的にユーザー視点をインストールする

業界特化型のシステムを提供するにあたっては、絵に描いた業務フローを理解するだけでなく、実際の現場のペインや独自の慣習などを理解できなければ「刺さるプロダクト」とならない。

バーティカルSaaSスタートアップの創業者は自身の原体験を基に創業する業界出身者もいれば、全くの門外漢から業界変革を志す者もいる。

昨年、IPOを果たしたスパイダープラスは代表の伊藤氏が熱絶縁工事の個人事業を祖業としその中で社内利用していたツールをSaaSプロダクトとして展開しビジネスを拡大した経緯を持つ。

現在でも「現場で実際にお客様と同じ服装をし、iPadを手に持って自社サービスを使う研修会を行っている」と現場業務のリアルを重視し、ユーザーとの目線を揃えるための取り組みを多数行っている。

夏場の暑い時期にはノベルティとしてユーザーに塩飴を送るなど建設業のバーティカルSaaSらしい細やかな工夫が見られる点も面白い。

塗料販売店特化のクラウド型販売管理システムを提供するPaintnoneの藤井氏は元々アクセラレーター兼VCであるPlug and Play Japan出身であり、当該業界の未経験者ながらビジネスの立ち上げに至った。

実際の業務を理解するため「塗料販売店で2ヶ月のフルタイム事務業務を行った」経験を持ち、販売店が抱えている煩雑な事務や非効率性を体感した。

塗料販売店でアルバイトを行った際の藤井氏

サービスローンチ後も各方面から業界での信頼を得る取り組みを行っていることが伺える。

電子薬歴システム「Musubi」を提供するカケハシ代表取締役社長の中尾氏は親戚から薬局経営の事業承継を打診されたことがサービス立ち上げの契機となっている。

創業後のプロダクトの開発にあたっては、代表の中尾氏、中川氏が全国400以上の調剤薬局を訪ね、ユーザーも言語化できていないペインポイントを探った。

徹底的なユーザー視点は組織に浸透し、現在でも職種に関わらず現場と接する機会を設け、オンラインユーザーコミュニティを運営を活発化するなど全社一丸となり業界、顧客の理解を深めている。

リース株式会社は家賃保証会社や不動産管理会社向けの業務支援SaaSや審査AIを提供している。

リースが提供を行うsmetaクラウド

SaaS開発にあたり、自社で家賃保証事業や不動産事業を運営しながら実務にあわせてプロダクト開発を実施し、徹底したドックフーディングによってサービスを価値あるものに磨き上げている。

各社の取り組みを見ていくと外部者であっても「ユーザーよりも深くユーザーを理解しようとする」姿勢が現れている。

② 業界向けメディアを活用する、業界のオピニオンリーダーとなる

現在、国内には400以上の業界専門誌が存在する。

最新技術・トレンド、オピニオンリーダーへのインタビュー、人事や法改正など、一般紙では扱われることの少ない情報が網羅的に掲載されることが多く、業界紙はバーティカルSaaS企業にとって欠かすことのできないマーケティング・ブランディングチャネルとなっている。

小売業界向けに在庫分析クラウドを提供するフルカイテンは繊研新聞などのアパレル・小売業界向けメディアで大きな存在感を見せている。

メディアへのアプローチにあたっては「元新聞記者の広報担当者」を採用しどのような情報をどのように届けるべきかを追求。

フルカイテンで広報・マーケティング担当の元産経新聞記者 南氏

代表の瀬川氏の積極的な露出のもと業界のあるべき姿を業界紙で提言するなど「経営者が話を聞きたくなる存在」を目指している。

製造業の中でもとりわけDX化の課題が根深い重工業向けSaaS「Proceedクラウド」を提供するのは東京ファクトリーだ。

代表の池氏は川崎重工業でボイラの生産技術・海外生産管理を経験したことが創業の原体験となっている。現在は造船業が重点アプローチ先の一つだ。

造船業界のDX事例集を作成するほか、日本船舶海洋学会の学会誌「KANRIN」といった専門的な紙面に露出を図っている。

また既存のメディアを活用するだけでなく、積極的に業界に発信を行うことでオピニオンリーダーのポジションを獲得することも業界からの信頼を得る上では有効だ。

建設業向けの労務安全書類作成サービス「グリーンサイト」を提供するMCデータプラスは業界のデファクトとも言えるポジションを築いている。

60万社を超える登録企業の基盤を活かし、1,000人規模のウェビナーやオウンドメディアの展開など各方面でMCデータプラスの存在感を広げている。

保険代理店向けの顧客・契約管理システムを提供するhokan代表の尾花氏はInsurTech Startup Meetupの共催や保険APIの普及を目指すInsurance API Organizationの共同運営など保険業界におけるテクノロジー活用の先駆者と言ってもいいポジションを築いている。

保険業界やInsurTechセミナー登壇、業界紙インタビューや寄稿などの広報活動を行い自社や事業の認知獲得につなげている。

InsurTech Startup Meetupで登壇するhokan 尾花氏

賃貸不動産会社向けのバーティカルSaaSを提供するセイルボートは業界誌や業界団体とのリレーション構築に力を入れる。

新商品リリースなどのプレスを定期的に配信するほか、業界団体に対しては専任者の役割を設け、登壇者としての機会を持つことで認知と信頼の獲得に努めている。

カスタマーリテンションプラットフォーム「Recustomer(リカスタマー)」を運営するRecustomerは煩雑な返品管理に追われるEC事業者から注目を集めるサービスだ。

返品・交換・注文キャンセル・配送状況確認など効率化に加え、購入後のリピーター顧客の創出、売上向上といったコンセプトを訴求するため、PR記事などでの発信に力を入れる。

カタグルマは保育業界初の組織・人材育成クラウドサービス「KatagrMa」を提供する。代表の大嶽氏は元船井総合研究所のコンサルタント時代に保育業界に対し400件超のコンサルティングを行った経験を持つ。

過去には「全国保育園防災マニュアル」や経済産業省「保育ニーズに応じた保育供給の在り方及び保育の経営力向上に関する調査研究」の統括責任者などを務め、現在は外部主催のセミナーにゲスト講師として登壇するなど、業界のオピニオンリーダーとして認知を高めている。

*2021年保育博での大嶽氏セミナー参加者の方の記事

③ 人的な繋がりを活かす、業界のインフルエンサーと協業する

各業界においては、卓越した知見や技術を持つ専門家や広く影響力を持つキーパーソンがいるケースが見受けられる。

動画で医師の説明をサポートする病院向けのSaaS「MediOS」を提供するコントレア代表川端氏も業界の権威となるような医師の後ろ盾を得て、サービスの普及に努める。

医療現場のような失敗が許されず、保守的な意思決定がなされやすい現場であるからこそ、業界に影響力がある人物の理解に心血を注いだ。現在では、各分野における権威とも言える医師からの協力を仰ぎ、医療機関への導入が進んでる。

飲食店と卸売業社をつなぐ受発注システムを提供するクロスマートは地方銀行との協業に力をいれ認知拡大・リード創出を図る。

まだシリーズAの規模ながらも東京以外に大阪、福岡、仙台の営業所を開設し、対面での商談を強化することで業界に浸透する取り組みを行う。

トランスミットは中小企業製造業工場の案件管理や経営判断を支援するSaaS「monit(モニット)」を提供する。商工会議所や行政組織等通じての販路開拓を行い、アナログな製造業においても開拓を進めてきた。

代表の実川氏自身が名古屋に引っ越し、本店移転を行うなど顧客接点をより深めるため決断を行い、ものづくりのIT化を推し進めている。

学習塾向けのコミュニケーション、業務管理システム「Comiru」を提供するPOPERは代表の栗原氏が塾経験を行った際の課題感からサービスを立ち上げた。

サービス開始当初は顧客の課題意識が希薄であったことから導入が進まなかったものの、塾経営の専門家を通じた啓蒙活動を行うことで事例をつくり、成長を加速させた。現在では全国で3,300を超える教室での活用が見られる。

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トレンドとして台頭しつつあるバーティカルSaaSだが、その背景には数多くの地道な取り組みがあることが見えてくる。

いずれの企業も業界に対する熱量は一様に高く、他業界であっても参考にできる施策が多いのではないだろうか。

2022年のバーティカルSaaS展望は

最後に、2019年からシードスタートアップを中心に多くのバーティカルSaaS企業に投資を行ってきたGazelle Capital石橋氏に2022年のバーティカルSaaSの展望を伺っていく。

Gazelle Capital 代表パートナー 石橋 孝太郎氏
2016年11月クルーズベンチャーズを創業。 取締役としてコーポレートベンチャーキャピタルの設立・運用に従事。 同社にて創業初期の起業家を中心に投資活動を展開。 2019年5月にGazelle Capitalを新たに創業し、代表パートナーに就任。ITの力で変革を及ぼすことができる、工場、建築、物流などのレガシーな既存産業におけるスタートアップ企業を投資対象とする。

―――  2021年は未上場の資金調達を含めバーティカルSaaSに注目が集まりました。今年の展望をどのように見ていますか。

石橋氏: この数年でレガシー産業と呼ばれていた様々な業界においてもバーティカルSaaS企業が立ち上がるなど盛り上がりを見せました。

現在立ち上がっている企業の多くは各業界に根強く残る「アナログ業務」を効率化させるサービス展開を中心に広がりを見せています。

一方で、業務効率化は非常に重要ですが、多くのバーティカルSaaSはマーケットが限られているため「業界のTAMに対する掛け算」となるようなビジネスを連続的に立ち上げていく必要があります。

――― TAMに対する掛け算とはどのような意味でしょうか

一般的にバーティカルSaaS企業がビジネスに取り組むと、社数がホリゾンタルSaaSに比べ限定されることに加え、ARPUも初期から大きくはなりません。

業界にとっては根深い課題を解決できるかも知れませんが、SaaSの成功目安とされるARR100億円に届かないケースが大半です。

そのため、コアな業務課題を解決し、デファクトシステムとしてのポジションを築いた後、それらにシステムとシナジーのある「EC」「Fintech」「HRTech」といった価値を提供してくことが重要だと考えています。

例えば、建設業界であれば兆円規模の受発注があるなかで、その取引に対して0.1%でも取れるようなシステムや決済領域を展開できれば、限定された市場でも企業価値を向上させていくことができるのではないでしょうか。

――― 投資検討でもそのような視点でバーティカルSaaS企業を評価しますか。

私たちはシード投資を行うベンチャーキャピタルですので、シリーズAラウンドにつなげられる先を一つのジャッジポイントとしています。

お話をさせていただくバーティカルSaaS企業の95%は足元の課題解決のみに力を注いでいる印象です。もちろん、全ての企業がスタートアップ型に拡大を遂げる必要はありませんので、それらの企業が多くなればなるほど、国内の産業においてDX化は進みます。

日本においてはレガシー産業も多く残る中で、業界の基幹システムとして発展を遂げるような企業が連続的に生まれることが日本の誇れる産業を再び強くする要件だと感じています。

ただ、投資検討の際には、前述させていただいたように、コアな業務課題を解決し、デファクトシステムとしてのポジションを築いた後の中長期での可能性や戦略も鑑みながら、シード投資の際の参考にさせていただいております。

Gazelle Capitalは2022年もそのような多くの企業と会いたいと考えています。


【お知らせ】
2月10日、Gazelle Capitalが運営するスタートアップ起業家向け情報番組「スタートアップ投資TV」にて本記事に登場した3社をお招きし、ウェビナーを行いました。さらに深いエピソード盛りだくさんの内容をぜひご覧ください!


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