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five realities 〜怒涛〜 (7)

この年は早くから生暖かい風が吹き
雨の日が続いた

策たちの航路には大きな熱帯低気圧が存在し
いつ
台風が発生してもおかしくなかった

船への無線も途切れ途切れで
状況を把握できない日が増えていった

航海が始まって三か月が過ぎようとした
四月 フィリピン沖で
今年第一号の台風が発生した

連日集会所に集まることが多くなり
安否を確認し家に戻る日々が続いていた

そんなある日
志津が吐血して倒れた

臨月を迎えていたまどかが付き添い
生まれ故郷の病院で過ごすことになった

 まどか
悪いね

元々細く海女とは思えないくらい
白い肌をした志津が
日を追うごとに
一層白く透き通っていった

病院にきて十日が過ぎた日
みどりが訪ねてきた

泣き明かしたのだろう
瞼を腫らし病室に入ってきた
みどりは二人の顔を見て

大きく息を吸い
その場で泣き崩れた

志津はゆっくりと起き上がり
次にみどりが発する言葉を待った

 三日前から
船との連絡が途絶えていました
 そして
 明朝 海上保安庁から連絡がきて
 枕崎沖で船の残骸が発見されました

 捜索は続いていますが
 生存者の確認がとれない状況です

 みどり 
わかったよ
知らせに来てくれてありがとう

それ以上の言葉をおさめ
泣くみどりを見て

終わってしまった

弾けた心から飛びだした言葉が
自分のモノなのか理解ができず

次第に遠のいていく意識のなか

間違いだよね
自分に問いかけていた
 
どれくらいの時間が過ぎたのだろう

全身を駆け巡る激痛を感じ
意識を取り戻した

 まどかさん 
わかる 
これから出産が始まるからね

産婆の言葉に
陣痛がきたのだと認識した

分娩台の上に横たわり
天井から当たる
光の眩しさに目を細めた

痛みで朦朧とするなか
後ろから支えられている感覚

策の腕と
策の匂いを感じた

策は
もう
この世にはいない

溢れ出す涙とともに
命の産声を聞いた

 おめでとう 
元気な男の子だよ

策 
男の子だって
あなたみたいに強くて優しい子に
育ってくくれるかな

どれだけ眠っていたのだろう

風を感じた

太陽の温かさを含んだ風が頬を撫でた

ゆっくり目を開けると
枕元で子供を抱く志津がいた

 目が覚めたかい

 赤ん坊を抱くのはどれ位ぶりかしら
 可愛いね

 志津さん 
ありがとうございます
 お加減はどうですか

 こんなに元気だよ

笑いながら子供をあやしている

この子もお腹が空いていると思うけど
 まずは
あんたがお腹に入れなさい

手渡された重湯を口にいれると
涙が溢れ出した

 策… 
みんなは見つかましたか

 まだ捜索は続いている

 きっと 
どこかに漂着しているさ
 あいつらが死ぬわけがない

気丈に振る舞う志津に救われた

海を感じることが出来ない
病室の窓からは
美しく咲き誇る
桜の木が春を告げていた

退院の日
志津も一時帰宅すると言い
一緒に町に戻った

海難事故から十日が過ぎて
捜索も規模を縮小することになり
未だ十五人の消息も分からない

住み慣れた町は閑散としていた

しばらく志津の家で
世話になることになり

手荷物を片付け
集会所に向かうと

遭難した乗組員の家族が詰めていた

無線やラジオで情報を集め
電話で各所に問い合わせをしている

志津さん 
大丈夫ですか

みどりの言葉に皆がこちらを向いた

 どうだい 
何か手掛かりはあったかい

 明後日までに何もなかったら
 捜索は打ち切りになります

息子の遭難に気をもんでいた
浦のおじいが罵声を上げた

 なぜ 
策になんか代行をさせた
 そもそもあんな事故があった後に
 出航させるなんて正気じゃなかった

すすり泣きが広がっていき
憎しみの感情が渦巻いていった

顔を上げることも
皆の顔を見ることも
出来ず

その場にいたたまれず
志津に背中を押され帰路に向かった

期限まで手掛かりが見つからず
捜索は終了した

町は悲しみに静まり返った

私が策をとめていたら
策もみんなも死ななかった

防波堤から水平線の彼方を見つめ

策の所へ行こう 

そう思った瞬間

腕の中で眠る子が
身体を動かし
ふっと息を吐き笑った

初めて我が子を見た

この子の目は策に似ている
口元も手の形も
策そのまま

策がいなくなって
全てから目を背け
見ないふりをして生きていた

策が残してくれた
大切な光

 せっかく産まれてきてくれたのに
ごめんね

そう気づいた瞬間 
温かい涙が溢れ出した

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