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大好きだった人の話 その4

「親があなたたちを叱るのは愛情の裏返し。どんな形であっても、難しい言葉を使ったとしても、厳しい言葉を投げかけたとしても、親は子どもの幸せを願っているもの。あなたも大人になって、結婚して親になれば分かるはず。」

中学の時の担任の先生に言われた言葉です。

きっとこの人は、幸せな世界線で暮らしてこられたのでしょう。きっと、親から明確な敵意や悪意を向けられたことが無いのでしょう。何の不純物も含んでいない純度100%の親の手のひらを頬で感じたり、寝ている腹部に買ってもらったばかりの真新しい自転車の重さを感じたりする人間がこの世界にいることを知ろうともしないのでしょう。自分が生きている世界を『普通』として生きているのでしょう。

頭の固い、視野の狭い、とても恥ずかしい大人だなと思いながらこの話を聞いていました。

私の親が、私の幸せをねがってくれているはずがありませんでしたから。

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太田くんと一緒に帰り始めて8カ月ぐらいが過ぎた(ずっと一緒に帰ったり、放課後図書館で勉強を教えてあげたり、文化祭を一緒に回ったりしていました。が、告白したりされたりすることはありませんでした)ある日、

「お前最近なにかいいことあった?」

珍しく、母親から私に話しかけてきました。


愛情を極限まで削っていても、憎しみしか向けてこなかった娘の変化を認められるのは、母親だからなのかなとゾッとしましたが、まあ普通です、と答えました。

普通です、が良くなかったのでしょう。

普通すらも許されていなかった。

母親は私に、不幸であることを望んでいたのですから。


次の日、太田くんとまた他愛のない話をし、ときめきながら帰ると、家の外に私の部屋の机と布団が無造作に投げ出されていました。

脳内は「?」でいっぱいでした。

人は不思議なもので、幸せを一度知ると、強くなったように錯覚するようです。私は太田くんと関わって、心が温かくなる感覚を知ってしまっていたのです。そして気が大きくなってしまっていたようです。

いつもは、何が起きても母親や父親には質問したりしませんでした。殴られても蹴られても花瓶が飛んできても部屋に閉じ込められても、両親の怒りの火が消えるのを、心のスイッチを切り、思考を止め、静かに静かに待ち、適応するということを徹底していました。


しかし、気が大きくなっていた私は質問してしまったのです。

「なぜ私の部屋のものが外に出ているんですか」


すると、リビングの食器棚が私の目の前になぎ倒されました。

母親は叫んでいました。

お前は学校に何をしに行っているんだ!男と遊ぶために学校に行っているのか、この罰当たり!そんなやつをこの家に入れるつもりはない!二度とそんな面を見せるな!ニヤつくな!出ていけ!

私が、母親の知らないところで幸せそうにしているのが大変気に食わなかったようでした。

表情が死んでいると定評のある人間だった私なのですが、やはり太田くんと帰ったり話したり、部活動で先輩や他の学科の友だちと話す中で、楽しみや幸せを感じる時間が増え、表情が生まれてきてしまっていたのかもしれません。

家では完全に心を殺していなければならなかったのに。

私の少しの変化に気付いた母親は、登校中と下校中の私を車で監視しに来ていたそうです。そして男の子と帰っている私を見て、激昂したらしい。

ギリギリ理解できるかどうかの日本語を、断末魔かのように叫び、母親は必死に私を殴りつけていました。

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次の日から、太田くんは私と一緒に帰ってくれなくなりました。

昨日、私と一緒に駅まで帰り、そこから自宅に向かっていた太田くんを捕まえ、こう言ったそうです。

「うちの子としゃべるのは止めて下さい、嫌がっています。」

母親の策でしたが、それを信じた太田くんは私に話しかけてくれさえしなくなりました。

何度も、太田くんに謝って誤解を解こうと思いましたが、完全に避けられているのに話しかける勇気がなく、また話しかけたところで太田くんに、自分の母親についてどう説明すればいいかも分からず、結局そのままにしてしまいました。

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前の担任の先生に言いたいです。

これを聞いても、まだ、

叱るのは愛情の裏返しだなんて言えますか?


いいえ、憂さ晴らしと支配の手段です。


親は子どもの幸せを願っているもの?


大人になりましたが、

私はそうは思いません。



私は、ずっと太田くんが好きでした。

心の底から大好きでした。

今までで笑顔で学校生活を送れたことなんてありませんでしたが、太田くんに出会ってから私は学校で笑うことが出来るようになりました。

心の底から尊敬しているし、感謝しています。


卒業してから聞きましたが、実は太田くんも私のことが好きで、私の母親に怒鳴られてからも、私のことを好きでいてくれていたそうです。

それが本当かはわかりません。

でも、もし本当なら、こんなにうれしいことはありませんね。



もし違う世界で出会えたら。

今度は絶対に

「好きです」

って言いたいです。

でも伝えることが出来ないので、

ここでひとり言を言わせてください。


あの時は本当にありがとう。

怖い思いをさせてしまってごめんなさい。


大好きでした。


太田くんが今日も幸せでありますように。



おわり

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