見出し画像

『夢』を見つける作業 その2

全く知らない世界が広がっていて、どんどん新しい記憶と情報で頭がいっぱいになって、感情が「楽しい」「面白い」「素敵」「感動」というポジティブ要素であふれ出す。

さと先生が用意してくれた初めてのキャンプで、私は世界が一変するという感覚を知ることになります。


そのキャンプで私がどんな役割をするかというと、言ってしまえば班専属の指導員のようなものです。

野外炊飯、テント立て、キャンプファイヤーなどの野外活動や、課題解決プログラムや学校の宿題、レクリエーションなどを行う小学生を誘導し、子どもたちの中に「自律性」「自主性」を育むというタスクを背負った責任のある役割でした。

人の後ろで目立たないように存在を消して行動することが基本となっていた私には、人の前に立って行動したり誘導しなければならない状況は非日常すぎて、不安と緊張が限界に達していました。

しかし、そんな不安や緊張はすぐ吹き飛ぶことになりました

____________________

私の担当することになった班には、いわゆる「問題行動を行う児童」がいました。

その子をKくんといいます。

Kくんは、とにかく落ち着きがなく、自分が思ったことをすぐ口に出してしまったり行動に移してしまう癖がありました。また、癇癪持ちで自分の思う通りにいかないとすぐに泣き叫び、暴れまわるという習性を持っていました。学校でも困っており、保護者の方からも事前の相談を受けていました。

「このキャンプで変われるとは思っていないが、子どもの様子を見て、この後、特別学級に行かせることを決定しようと思っている」

と。保護者の方は相談の時、私の前で涙を流されていました。怒りっぽいでは済まされず、短気というにはあまりにも爆発力がありすぎて、

「自分の子どもを普通だと思えない」とおっしゃっていました。


その話を伺って、私は勝手に、Kくんに親近感を覚えていました。

Kくんもこのキャンプが正念場なんだろうね。
人生の分岐点になるかもしれないんだね。
きっと1人ぼっちだったんじゃないかな。

膨らむ想像に、爆発寸前の緊張と不安が、不思議なことに、少しずつ期待と気合に変わっていっていました。

____________________

いざ、当日、母親に連れられてやってきたKくんを目の前にして、私は泣きたくなる衝動に駆られました。


とんでもなく攻撃的な目付き。

これでもかというほど力が入り、いかった肩。

口を開けば飛び出る悪口雑言。


その目に映った人を片っ端から罵るKくんの姿に、しかしその瞳の奥に広がる純粋さに、そして憎いほどにきらめいているその表情に、私は愛おしささえ感じました。

今までずっと、みんなから攻撃されてきたんだ。そうやって悪口を言われてきたんだ。少しでも自分を守ろうと必死なんだ。

初手で「このブス!こいつニキビ面でブスだ!」と言われて、ものすごく傷付きはしましたが、思い切って、最大限に格好つけて、こう言ってみました。

「うわ、大正解過ぎて何も言えないよ・・・Kくんはかっこよくてうらやましい!」

Kくんは一瞬固まって「え?」という顔をしましたが、その後すぐに「そんなにニキビ面ってことは顔洗ってないんじゃないの。不潔だな。」と返してきました。この反応速度はいまだに忘れられません。

ああ、きっと頭の回転の速い子で、物知りな子なんだなと思いました。それと同時に、「ここで引き下がったら、この子のキャンプは台無しになる」とも。実際お母さんがとても苦しそうな顔でこちらを見ていましたから。

____________________

少し話は変わりますが、みなさんは「不潔だ」と言われたことはありますか?

「バイキンごっこ」の「バイキン」役になったことはあるでしょうか。

「バカがうつる」なんてことを言われたことはあるでしょうか。

配布物を配ると汚物を触るように摘ままれ、横を通ると息を止められ、座っているだけでも勝手にぶつかってきた人に悲鳴を上げられる。

そんな配役になってしまったことはあるでしょうか。

これをされたことがある人は、少なからず「不潔」という単語を聞いたその瞬間にその可能性が頭をよぎるのではないでしょうか。


私は瞬時にそのことが頭によぎりました。

ここで私がバイキンになって、ワイワイ鬼ごっこをするか?確かに、一時的には仲良くなれるかもしれない。でも鬼ごっこを始めてしまうと、Kくんは間違った注目の集め方を覚えてしまう。ひょっとしたらもう覚えているかもしれない。

ということは学校との姿と変わらないではないか。なんとか違う方法は無いか。このキャンプで、何か少しでも違う自分に気付き、卑屈にならない瞬間を作ってあげることはできないか。

お母さんが怒る前に、何かを言わないと。

その瞬間、事前にもらった資料に「好きなもの:ドラえもん。たくさんの道具を覚えています」と書いていたことを思い出しました。そして、Kくんのお腹で満面の笑みを向けてくるドラえもんと目があった瞬間、口から言葉が飛んで出てきました。

「また、そんなこと言って!」と叱りつけそうなお母さんの言葉を強引に遮り、少し上ずった声で、こう言いました。

「不潔か・・・それはショックだな・・・でもKくんと仲良くなりたいからなんとかして綺麗になる方法とかニキビを直す方法は無い・・・?Kくん、ドラえもんの道具で何かあったら教えてよ・・・!」


正直、盛大な賭けでした。

「知らない。どうでもいい」

と言われたら終わりです。

「話しかけるな、汚いのがうつる」

と言われてもいたちごっこです。


祈るような気持ちで、そう言いました。


すると、Kくんはこちらをにらみつけてきていた眼光を少し緩め、真ん丸な目をもっと大きくして、くっきり分かるほどにえくぼを作り、こう言いました。

「俺がドラえもん好きなことなんで分かった!?」

ああ、ほら。やっぱりかわいい。ここで止まってはいけないと思い、Kくんのお腹から、やっぱり満面の笑みを向けてくるドラえもんをちょんちょんとつついて、

「さっきからKくんみたいに最高の笑顔でこっちを向いてるんだよ、お腹のドラえもんが・・・」

と言いました。すると、Kくんは、

「あっ!ずるい!カンニングだ!」

と言って笑いながらお腹のドラえもんを隠していました。

その後、少しだけ心を開いてくれたKくんの手を握り、待合室まで一緒に歩きながら、「もしもボックス」「スーパー移動風呂1010」などについて教えてくれました。

____________________

色んな言葉を知っているということは、相当頭が良いし吸収力があるな。おそらく理解力と応用力もあるのではないかな。口が回るので、目を離したすきに友だちと口げんかになってしまう可能性もある。癇癪を起こすと周りの物を投げ飛ばしてしまうこともあるそうなので、置くものには気を付けないといけないな。

様々なことを考えながら、

しかし、

とりあえず、

第一関門は突破できたかな。

と思いました。

それはお母さんとKくんの別れ際の会話を聞いて感じたことでした。


お母さんは、Kくんに、

「楽しんできてね」

と言ってくれたのです。


「変なことしちゃだめよ」

ではなく。


これから3日間、何が待っているのだろう。

Kくんのことだけではなく、班員の子たちと、そして他の指導員の人たちとうまくコミュニケーションを取ることができるだろうか。

それでも、高鳴る胸の鼓動は、

次に待ち受けるものを、

今か今かと楽しみにしていることを隠してはくれませんでした。



どんな事件が起きようと、3日間やり切ってやる。


そんな気持ちで初日を迎えようとしていました。



つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?