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家庭内別居の親の元に生まれて


この頃自分の生い立ち、ルーツについてよく考えることがある。

私の両親は私が生まれたときから”家庭内別居”状態だった。

家庭内別居とは、その名の通り家庭内で同じ空間(部屋)にいることがほぼなく、会話もほとんどない状態のことだ。

同じ屋根の下でそんなことができるのだろうか。今回は、私が育った環境を辿っていく。同じ環境で悩んでいる子ども達、家庭内別居中、家庭内別居を考えている夫婦に読んでもらえればと思う。

両親の家庭内別居状態



両親は基本的に同じ部屋におらず、会話もほとんどすることがなかった。

どちらかというと母が基本的に父を避けており、父が仕事から帰宅すると母は1階のリビングで夕飯の支度だけして2階の自室にこもる。父が夕飯を食べ、風呂からあがり2階の自室に行くとそれを見計らって1階のリビングへ行く。永遠にすれ違いの生活だ。

父が休みの日は父と子ども達だけで食事をして母は自室にこもっていた。

まさに完全な家庭内別居状態だった。

会話もほとんどすることがなく、私は父と母が日常会話をしていることをほとんど見たことがない。まだかろうじて家族全員で食事をしていたのは私が小学2年生くらいの時。

その時父がテレビにボソッと何かを言って、それに母が言葉を返していた。それが私が見た最初で最後の父と母の”日常会話”だった。

会話もままならないので、基本的に双方の伝えたいことは子どもが伝書鳩のように繋いでいく。同じ屋根の下にいるのに、リビングにいる母の伝言を聞いて2階の父に伝えるようなことはザラにあった。

生活費のことやお金の文句を母から父に伝えるのは、それはそれは苦痛だった。

唯一の会話は喧嘩



父と母の最初で最後の日常会話の話をしたが、あとはすべて怒鳴り散らすような喧嘩だった。

母は基本的にヒステリックな精神状態だ。自分から父に文句を言いに行っては、ヒートアップしてまともな会話ができないくらい怒鳴り声をあげる。今では、それが母の自衛だったのだろうと思い返す。

一方で父は決して怒鳴り声は上げないが、もともと田舎育ちの亭主関白な部分があったので今で言うモラハラ夫だったのだと思う。

どこの部屋にいても聞こえてくる母の怒鳴り声が幼少期から嫌で嫌で仕方なかった。小さいころは姉の部屋に行って一緒に泣いたりもした。

小学生になってからも勉強中に母の怒鳴り声が聞こえてくると、自然と涙が出た。私はその頃から今だに大きな音が苦手だ。

助けを求められない家庭内別居



母の怒鳴り声がいやで、父の文句を言う母がいやで、その状況をなんとかしてくれない父がいやで、私はどんどんストレスと内側に重いものを抱えていった。

小学生の時、帰りの会で配られる「子ども相談室」の電話番号に何回も電話をかけようと思った。かけようと思っては怖くなって諦めた。

なぜならそういう場所は身体的虐待とか、本当に困っている子どもが助けを求める場所だと思っていて、学校にも行かせてもらっている自分が助けを求めるべきではないと感じていたからだ。

身体的虐待もされておらず、経済的にも恵まれた環境にいる。でも、家庭では息苦しい。そんな目に見えない苦しさを外に伝える手段が私にはなかった。

高校生の時には家に帰りたくなくて、夜10時くらいに塾が終わっても閉店まで駅前のカフェで過ごした。

険悪なムードの中で息苦しくならない、喧嘩も聞こえない。外の方が精神的にも安心して過ごすことができた。

未成年の非行や事件は、ほとんどが家庭環境に問題があるらしい。今ではその気持ちが痛いほど分かる。

家庭内別居が作り出した人格形成


このような家庭環境の中で、私はどんどん生きづらさを覚え、大人になってからそれが確信に変わった。

心理学的に必ずしも影響があったとは言えないが、私の中で受けた影響はまず、「空気を読みすぎる」ということ。

私は必要以上に空気を読むクセがある。空気を読むというか、だれか1人でも不機嫌になることが怖いのだ。

グループの中に不満に思っていそうな子がいたり、不機嫌な子がいると、それだけでそこから逃げ出したくなってしまう。

そのため、相手は今何を求めているのか、この場合は自分はどういう立ち回りをしたら穏便に済むか、ということを人と接する上で一番に考えるようになった。

それは、家庭という人格形成のベースとなる環境で常に不穏な空気が漂い、できるだけ母を怒らせないように過ごしてきた点が大きいと思う。

もう1つは「自己肯定感が低い」という点。これは環境というより母の子どもに対する接し方が大きく影響していると思うが、私は今でも自己肯定感がかなり低い。

自分が何か成し遂げたとしても、たまたま運がよかっただけだと感じたり、周りに褒められてもきっと口だけだろうと思って素直に受け入れられない。

母は自分の思い通りにいかないとだめな人だった。私が頑張ったテストで98点を取った時も「もう少しで100点だったのにね。」と言われたことは一生忘れない。

このような母の毒っ気もなかなか私の人格形成に影響している。

家庭内別居を考えている、過ごしている人へ



Twitter等のSNSで「家庭内別居」と検索すると「旦那と家庭内別居になるか考えている」「家庭内別居状態だ」という人をよく見かける。

私の母と父もどうしても夫婦関係がうまくいかず、母はパートのみだったので離婚ができなかったのも理解はできる。

でも、そういった環境で育つと子どもはずっと辛い。

子どもは親の選択の元でしか生きられない。その家庭が及ぼす子どもへの影響をどうしたら考えてくれるのか、私は何回も考えた。

幼少期は父の日や母の日など、ことあるごとに母と父に手紙を書き、「早くパパ、ママと仲直りしてね」と書いていた。

そんな純粋心も砕かれ、中学になってから私は両者にいつ離婚するんだ、早く離婚してくれと訴え続けた。

子どもがいない人は正直どんな選択を取ってもいい。ただし、子どもがいる中で家庭内別居を考えている人はもう一度よく考えてほしい。

私も既婚者になり、夫婦というものは何かようやく考えることができるようになった。

夫婦間のいざこざに子どもを巻き込むのであれば、どうか子どもを第一優先に考えてほしい。

家庭内別居というのは、一般的な家庭環境ではないということを理解してほしい。

また、実際家庭内環境にいる子どもは、なかなか異常な家庭環境にいるということを自覚して周りの大人を頼ってほしい。

夫婦喧嘩は一種の精神的虐待になる。

うちは身体的虐待はされてないし…学校に行かせてもらっているし…と思っても、周りの人に頼りながら早くその家庭から抜け出す方法を探してほしいと思う。





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